第36話 五徳の内定調査
現代における大坂は12月でも結構暖かいのだが、この時代ではいささか寒い。幸田広之は魚問屋を集めた会合を行い、意見交換していた。織田幕府が成立すればしばらく本拠地は大坂。
そうなれば全国の諸大名が集まり、人口も跳ね上がるだろう。城内で出すのを含め、各家中分の魚も必要だ。無論、商人なのでヨダレを流さんばかり。時代劇に出てくる悪代官と大黒屋の悪だくみ並のテンションになってしまった。
鯛のいけすや輸送船のことも話したが、向こうで試してくれるそうだ。魚問屋という、ある意味魚のプロたちに若狭から取り寄せている各種の鮭、塩鯖、塩鰤を食べさせたら驚いていた。
特に鮭の塩引きや各種漬けたやつの製法を細かく聞いてくる。ちなみに金持ちの商人たちと屋敷で会合し、その後で食事を振る舞うと女中や哲普に心付けが出たりする。
最近、哲普は休みを与えた時など織田家重臣、商人宅、寺などに呼ばれ現代でいう出張料理人だ。恐らく広之の家中でもっとも金持ちだと噂されており、なかなかの商才。心なしか最近着こなしもお洒落になっている。
今日も魚問屋衆は帰り際にお初へ皆で分けてくれと結構な額の心付けを渡していた。他に役得といえば余った食材を貰える。賄いもあるし食うものに金はかからない。家中の背広組みたいな連中より台所まわりの者は暮らしぶりが良いという逆転現象。
食べる分には背広組みたいな連中も昼食支給されるので恵まれている方だ。ただ出される食事は鰯や鯵が多く、明らかに哲普やお初の方が贅沢なもの食べているけど。
それでも全体で月に何度かは酒含めて美味いものをたらふく食わせる。近隣他家の家臣からは羨望の眼差しらしい。夕方になって五徳と茶々が訪ねてきた。
「こんな日暮れ時、しかも於茶々様の妹君が居られないということはお酒でございますね」
「ほう、よくわかっておられる」
五徳はそういいつつ我が家へ帰ったくらいの感じで自然に屋敷へ上がる。
「今日は特に何もございませぬが」
「この間食べたものでよい。今日も荷駄が来てたであろう」
「それでは、ご用意致しましょう」
(どこかで情報が漏れているのか……)
広之は哲普に命じ、鮭の麹漬け、味噌漬け、酒粕漬け、味醂漬けなどを小口に切り、串へ刺させた。お初には新巻鮭で粕汁を作らせる。
その間、塩鯖の燻製(簡単な箱を作り、茶葉で燻製)と蕪のなますを出した。
何も言わず五徳が塩鯖の燻製を食べる。
「芳ばしい香りだこと。鯖の癖がすべて旨味に変わっている」
「五徳様、それは茶の葉で燻したもので燻製と申します」
「実に美味、流石広之殿じゃ」
広之は笑いつつ、手を動かしている。串を焼きながら囲炉裏に粕汁を置いた。
「この汁も鮭が入るとまた一段と美味しゅうございますなぁ」
茶々は粕汁を気に入ったようだ。
2人でどれがうまいと盛りあがっている。
「左衛門殿はどれがお好きなのじゃ」
「五徳様がいま食べられた味醂、それから麹も好きですね」
「やはり2人は気が合うようですなぁ」
「これ、於茶々」
しばらくして鮭とばを焼きはじめる。軽く炙り差し出す。
「これもなかなか」
「於茶々様、それは“鮭とば”と申しまして、干したものです」
「これはたまりませぬ。酒がいくらでも飲めてしまう」
「五徳様、あまり飲みすぎては身体に障ります。お嫁に行く前の大事な身」
「これ於茶々、からかうでない。それはともかく左衛門殿、そなたはお国は何処なのじゃ」
「大和の国です(東京というわけにいかない。家の言い伝えが奈良なのでそう答えた)」
五徳は酔いかけの頭をフル回転させていた。竹子の推測では幸田孝之の庶兄だと言うが、ひとつ問題ある。それは広之の背が高いことだ(175cmなので戦国時代では大きい)。
2人一緒に居ても少しよそよそしいところはある。しかし庶兄にしろ兄弟という感じでない。
ならば、やはり従兄弟なのではないか。子供の頃、国人の祖父が松永久秀あたりに追われ、広之の父は大和を出た……。そして三好三人衆側にでも付いたのか。
孝之の父は近江にでも落ち、やがて父(織田信長)の家臣になった。一方、広之は父共々三好側で働いた後、堺あたりに居たが、四国渡海前に従兄弟孝之の取りなしで信孝に仕官……。
これなら辻褄があう。 いずれにしろ幸田家の2人が信孝の重臣であり、幕府成立の暁に出世は天井知らず。
そのあとも質問攻めにあう広之であった。
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