第65話 幸田広之の晩酌
幸田広之は届いたばかりの磁器を感慨深げに眺める。1〜2年前から福建にある民窯で働く職人を明国商人へ依頼し引き抜かせてきた。そして幕府御用窯の里をいくつか作り磁器を生産。いよいよ精度の高い染付磁器が製造出来る段階に達したのだ。
絹の国内生産量も増産に次ぐ増産。あとはイスパニアへ国産の磁器と絹を売る。少しでも明国へ入る日本やイスパニアの金銀銅を減らす。そして銀や銅の少ない明からむしり取っていく。
そうすれば紙幣の発行量だけ増え続け、激しいインフレ。傾く他にないだろう。いや必ずそうさせる。次に女真や蒙古諸部族が南下すれば一気に弱体化するはず。
十分弱ってから有利な条約を結ぶ。さらに明国南部から大量の移民を台湾などの南方へ流出させる。それらを日本と現地の貿易や商品生産に関与させ管理することで各国・各地域の経済を握ってしまう。日本人兵士も常駐させ利益だけ吸い取りたい。
つまりは国の中に国を作る。この時代、現代でいうところの東南アジア諸国は場合によって三毛作も可能。その上、稲作は陸稲栽培だから食うには困らない。米が多すぎて貨幣の代用になるのかも怪しい。
無論、通貨供給量は少ないはずだ。というか国内に十分な商品流通があるはずもなく、基本は農村と漁村の物々交換くらいであろう。商品流通や産業が脆弱でポルトガルや明国商人との貿易は朝貢貿易で得た物品主体。
特にシャムのアユタヤ朝は数年前までビルマの属国だったが有名なナレースワン王によって独立したばかりである。史実では今か約5年後の1594年よりビルマへ侵攻し、西暦1600年には王都ペグーを攻め落とす。
シャムといえば、かつてマラッカ王国を攻めたことがある。さらにシャムが懇意なポルトガルからマラッカ王国は攻められた。現在、マラッカ王国はジョホール王国となっており、幕府御用船が渡航した際、数十人ほど連れ帰ってきている。
大坂にはシャム人も居るが、まずシャムからポルトガルを切り離したい。その上でシャムとジョホールの間に入る。さらにジョホールを援助をし、同盟を締結。ムスリム国家なので、今後西アジア方面と貿易する場合、活きてくるはず。さらにマラッカを攻めさせる。
中継貿易出来なくなったマカオへ明国商人も用はない。台湾や呂宋(フィリピン)のルソン島北部に設けた拠点へ明国商人を呼び寄せる。
これで、とりあえずポルトガルを東南アジアからほぼ駆逐する。現在、日本に居住している倭寇上りの明国商人は東南アジア各国に散らせ現地と日本の媒介として活動してもらう。
マニラも周辺を包囲し、とにかくポトシ銀山産出の銀を吸い取りまくる。イスパニアから明に流れ込んだ銀を回収したい。そして、それらの銀と日本で鋳造した銅貨を東南アジアに流す。さらに、それを吸い取りつつ、また回収の繰り返し。
煙草も来年には販売可能だ。ビートは今年の収穫でさらに砂糖大根へ近づきつつあるし、順調に推移中だ。
構想を確認しつつ、昨年試作的に作った芋焼酎のお湯割りを飲む。この時代、気温は低めであり、いくら大坂でも12月ともなれば十分寒い。
乾燥させた丸餅を焼き、軽く炙った和泉産板海苔で包み、食べる。餅に付けた醤油と香ばしい海苔の風味がたまらない。この時代に糖尿病とか目もあてられないので2個で止めておく。
軽く芋焼酎を飲みつつ糠漬けを頬張る。あっさりめの浸かり具合だ。そしてカラスミ大根を口にする……。
まさに海の恵みといった味わいだ。口の中で旨味が溢れ出す。素晴らしい。その辺にいるボラの卵を塩漬けにした後、乾燥させたものである。痛風が少し心配だから、これも5切れだけにしておく。
五徳や浅井二姉妹もカラスミの茶漬けは大好きらしい。しかし我ながら当家は異常だろう。夜勤の仲間や小者でさえカラスミの茶漬けを普通に食っている。
そもそも本来の歴史だとボラでカラスミが作られるようになったのは江戸時代だ。夏場は紀伊でムロアジ(他にもトビウオなどでも作られる)からクサヤを作らせているが近隣からのクレーム対策でお裾分けしている。
やはり仲間や小者も普通にお茶漬けで食っているが、うまいに決まっているだろう。少し贅沢させすぎかも知れない。そりゃ奥女中や仲居も辞めずに残る。
もっとも恩恵に預かってるのは、お初と哲普だろう。ときおりクサヤを燻製にして醤油ダレへ浸したものを熱々白飯で食べる。九条葱や揉み海苔ものせるわけで最高だ。1杯白飯で食って、もう1杯は茶漬け。あの2人はそれを普通に真似しているから怖い。
まあ哲普はインテリだから、ここで食ったものなど書き残している。記録というのはやはり大事だ。傍から見れば当家は放蕩三昧だろうが、商家なみに物や銭の動きは記録されており、把握出来る。基本、切米扶持という形式かつ軍役無いからではあるが。
記録と言えば太田牛一にも言った。政治や軍事ばかりではなく、武家から庶民に至るまで日常の何気ない事も記録しろ、と。
しばらくして部屋の外から室女中である末の声がする。入るよう命じると盆を抱えていた。蕎麦がきと塩鰤の粕汁だ。恐らく台所に隣接した小さな間ではみんな酒を飲んでいるはず。
今日の夜食は蕎麦がきと粕汁なんだろう。いいもん食ってる。この家は奉公人にとって天国だな。
「末、お前も寒いだろうから入って暖まれ。それにまだ何も食べておらぬだろう。台所から自分の食べる分もってきなさい。遠慮は要らぬ」
そう言うと末は一旦消えて戻ってきた。自分が飲む梅酒も持っている。なかなか見上げたものだ。と、言ってる場合ではない。どうも明らかに、最近末の様子が妙だ。そもそも本来は五徳のお付き。
なのに夜は必ず部屋前で番をしている。それは小姓の役割だ。何でも父親は織田信雄の家臣で一緒に自決したらしい。懐かしいなあ御本所様……。悪い人じゃなかったけど。
その後、親戚が織田信孝の家臣で身を寄せてたとか。一時は信孝の側室候補に名を連ねただけあって、容姿と教養も申し分ない。
どうも背後に信孝、竹子、五徳の影がちらつく。まあ、そういうことなんだろう。五徳はすでに子供を3人も産んでいるし、年齢もそれなり。これ以上はリスクがあり過ぎる。
様子を見るため部屋に誘ったが嫌がる気配一切なく、五徳に言い含められているのだろう。まず間違いない。
しかし子供といえば尾張の種馬前田利家を思い出すが、現在羽柴家に身を寄せ、謹慎同様の身分。秀吉は北方から船で戻った織田家家臣の話ではどうも松前の北あたりに居たが、行方不明らしい。何でも沖合で強風に流されたとか。まあ何処かで生きては居るはず。
北方と言えば北海道の地図も大詰めに入っていた。角倉了以が来春自ら樺太へ渡りたいと申し出ている。性格からして、引きそうにもないので許可する他ない。死なれては困る人物なので船は3隻程出して護衛させるつもりだ。
末はといえば蜂蜜入りの梅酒を少しづつ飲みながら、蕎麦がきを食べている。どう考えても梅酒は合わない。この辺はまだまだ。これから教育していこう。
そう思いつつ眠くなる広之であった。
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