第101話 女直の王子エドゥン

――エドゥンの独白


 大坂は11月(西暦では12月上旬)だというのに、まだ温かい。日中は体を動かすと汗がにじむ。この国の人たちは寒さに弱いのかも知れない。


 我らの地では冬場になると大河とて凍ってしまう。当然、女直やホジェン(ナナイ)の家屋は冬場の寒さを念頭に入れている。


 そもそもホジェンたちは夏場と冬場で住む場所と家屋は別だ。夏は川沿いの木で作った家に住み魚を取る。冬は狩りに適した地に穴を掘って(半地下)住む。


 ただ我らの地で雑居するホジェンはある程度言葉も通じるくらいだから奥地のホジェンとは異なり、女直と同じような家屋に住む者が多い。


 つまり粘土に小枝など混ぜ固めた物や丸木を使った家屋だ。大河の河口で出会った日本人たちは丸木の家屋を作っていた。しかし筑前殿(羽柴秀吉)はホジェンの穴蔵みたいな家で冬を過ごすようだったが、大丈夫だろうか。


 大坂では丸木の家など見かけない。その代わり、寺の塀や蔵の壁は白い(漆喰)が、あれなら外気も通さないだろう。それに瓦も沢山あるではないか。


 北海道では丸木の家も見かけたが、筑前殿の領地(東陸奥)には無かった。大坂の家屋と大きな違いはない。ある程度の寒さには耐えれるのだろう。夏の暑さが酷く、そちらへ重点を置いてるように思える。


 あと気になるのは兵糧だ。大河の鮭鱒はスメレンクル(ニヴフ)やホジェンに配慮して取らず、必要とあらば買うという。日本人は海で魚を取ることに長けている。海水から塩も作れるそうだ。恐らく海辺で大量の塩を作り、魚を取るはずだ。


 日本へ来る途中、干した鱈、干した鰊、ホッケなど食ったが、とても美味しかった。とにかく日本は豊かなので、蒙古の如く民を全て殺すとか、奪い去るようなことはしないと思う。


 かつて我が祖先は明のヌルガン(奴児干)郡司(海西女直出身の宦官イシハ。後に遼東太監)に従いスメレンクルの土地へ至ったが、彼らの抵抗激しく、ヌルガンは放棄された(奴児干郡司が置かれている時代、明朝の分類上、野人女直は存在せず、海西女直とされていた。そのため現在でも海西女直による圧力は強い)。


 そして祖先は南下し、現在の地で我が一族は暮らしている。推測するに朝貢とは名ばかりだったように思う。明の地方官など碌な者ではい。その威を借りる女直も同胞ながら、最悪の組み合わせだ。


 日本なら明が失敗したヌルガンの轍を踏まず、スメレンクルを懐柔出来る可能性は高いだろう。日本で朝鮮人参(オタネニンジン)を栽培していると知り驚いた。


 そうなると日本が欲するのは貂などの毛皮だけだろう。逆にスメレンクルやホジェンが日本から入手したいものは山程ある。皮を持った人たちが日本人のところへ殺到するはず。


 つまり南方の女直は確実に傾く。明へ売るものは朝鮮人参と蒙古より手に入れた馬くらいだろう。それさえ、有り余る品物を日本が明より高く買い付けたら……。


 いずれにしろ、マンジュ国(満州国。建州女直)のヌルハチや海西女真のフルン(扈倫)四部の盟主とされるイェへ(葉赫)部のナリムブルが何もせず見過ごすことなど考えられないだろう。


 野人女直を日本がまとめ上げる。それを我が一族によって支配出来れば理想的だ。日本の後押しする野人(ウディゲン)、フルン、マンジュで拮抗すれば面白い。


 幸田殿は民を奴隷にしたり、物を略奪することは無いと言っているらしい。裏を返せばわざわざ遠いところまで行って得るものは無いのだろ。


 目的は何かということになる。考えた結論は、領土を守るため……。仮にヌルハチやナリムブルが強大な力を持てば北方へ進出してくるのは間違いない。


 日本の豊かさを知ればサハリャン(サハリン=樺太。ロシア語でなく元々ツングース語がルーツ。サハリャンは清代の満州読み)から北海道へ南下する可能性もある。


 または明への牽制であろう。日本から朝鮮や明は近い。明がヌルハチに肩入れしている。これが、逆なら明は困るという事に他あるまい。幸田殿もマンジュ国やヌルハチのことは何度も聞いてくる。 


 恐らくマンジュ国が海西女直を併呑し、明へ反旗翻す事態となれば、朝鮮を攻め込むことも考えられるだろ。遥か海を越えた向こうの出来事だというのに先々見越して手を打ってるのなら、まことに畏れ入る。


 今、自分に出来ることは日本で学び、漢人と同じように様々な品物を生産して、朝鮮人参、皮、馬など無くとも豊かな暮らしを成り立たせたい。


 日本に来て驚く事だらけだがもっとも感銘受けたのは法によって動いている。例え貴人でも家来や平民の命を奪うことは許されない。女性も安心して歩ける。遠くへ旅するのも安全だという。


 妹のイルハは人質として筑前殿に渡された。それを父上に言い渡された日、恐怖のあまり夜通し泣いていたものだ。


 しかし筑前殿はもちろん家来は指ひとつ触れない。それは日本に来てからも同じだった。毎日、楽しそうにしているイルハを見たら父上もさぞかし驚くはず。


 それにしても今日、徳川殿の鷹狩りへ同行させてもらったが楽しかった。また行きたいものだ。


 

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