第102話 淡路島で浜焼き

 今年の冬は暖冬であった。大陸北辺へ遠征する準備が多く、何かと都合が良い。片桐直盛の話では大きな船で大海を進んだ経験のない女直たちは酔いまくっていたという。


 また海を越えるわけで、少しでも慣れたほうが良いだろうと、幸田広之はエドゥンやイルハたちを連れて淡路島のファーム(無論、ファームは作品上の便宜的呼称)へ行くことにした。


 家族や浅井三姉妹、家中の者多数、そして丹羽長秀、池田恒興、中川清秀、徳川家康、伊達政宗も一緒だ。  そのため人数は膨らみ100名近い。


 また現地で淡路領主仙石秀久も加わる。秀久は話を聞き、万一のことあれば家の名誉に関わるとあって、3日前に現地へ乗り込み入念な準備をしていた。


 幸田家でも事情は同じである。現地のファームへ普請役の家臣や雇った大工を掻き集め派遣。突貫工事で当日に備えた。


 哲普は金万福の他、数名の料理人と前日から現地へ乗り込み徹夜にて仕込んでいる。アブラギータもファームで働く他の外国人と準備をしていた。


「左衛門殿、北辺の地にある大河は大きいと聞きましたが如何ほどでござろうか」


「瀬兵衛殿(中川清秀)、聞くところによれば大坂城から伊丹城ほどだとか(約10km)」


「何と安土から高島へ渡るくらいではないか。長さは……」


「薩摩から北海道までの道のりより長いようでござるな。川が流れる一帯は虎や豹も出るそうで……」


「それならばいくらでも田畑作れますのぉ」


「いや、あまりに寒く稲が育ちませぬ。麦は大麦なら何とかなるやも知れませぬな。他に蕎麦、じゃが芋、とうもろこしなど。しかし人の数も少く大半は魚や鹿で細々と食いつないでるようでして」


「五郎左殿(丹羽長秀)がご無事で帰られるよう、この瀬兵衛、滝に打たれて待つ所存」 


「瀬兵衛殿、何なら代わって進ぜようかの」


「五郎左様、お戯れを。滅相もござりませぬ。それがしの器量で務まりませぬ」


 湊に着くと強張った表情で仙石秀久が出迎えた。子息や家老をはじめとした重臣総出で物々しい。休憩所まで用意してある。


 少し休んでから3kmほど離れたファームへ移動する。男性は馬、女性は駕籠に乗って向かう。イルハはたっての願いで馬に乗った。

 

 ようやく着くと一行は案内に従い着座する。まずは長秀より挨拶の言葉があり、乾杯となった。飲み干すと長秀や広之が各テーブルを周り酒を注ぐ。


 これまで幕府の大物と交友が薄かった秀久は突如訪れた絶好の機会を活かしたい反面、失態とならぬよう緊張していた。


 焼き場では車海老、サザエ、あおり烏賊、真蛸、鯖などが焼かれている。別の焼き場で焼鳥、豚バラ、ハムも焼かれていた。


 まずはカサゴの浜汁、鰤大根、伊勢海老のお造り、平目の薄造り、ヤリイカのお造り、生蛸のお造り、茹蛸のお造り、ブリーチーズ。


「これはまた贅沢な……」


 家督を本来の歴史であればすでに他界しているはずの嫡男元助へ譲り、隠居生活を堪能中の恒興が絶句する。本来なら家督を継ぐ次男輝政は分家となり伊勢の池田領5万石領主となっていた。


「さあ、駿府殿(徳川家康)お好きな物をお召し上がり下さいませ……」


 広之が気を利かせて家康に勧める。実のところ、広之は本来なら家康が天下取るのを知っているだけに若干心苦しかったりした。


 無論、家康は知る由もなく、織田幕府随一の実力者が何かと立ててくれることを内心不気味がっている。織田家出身以外では突出して石高が高く不安の種となっていた。そのため目を付けられぬよう細心の注意を払っている。


 長秀も現在の立場的に家康より上だが、家康は亡き主君織田信長の盟友であり、謙虚に振る舞っていた(長秀は元から謙虚かつ温厚ではあったが)。


「左衛門殿、この薄いのは何でござるかな」


「それは平目でございますな。歯応えがあり、上品な白身を昆布で〆ております。是非お試し下さいませ」


「それでは遠慮なく。うむむ、これは確かに絶品ですのぉ……」


「お口にあって何より。それでは、このエンガワも如何ですかな……。平目の背びれと腹びれの筋でたまりませぬぞ」


「ううむっ……。確かに歯応えがよろしいのぉ。おかげで、また贅沢を覚えてしまいましたな」


 他の大名たちも家康が食べたのを見計らいそれぞれ好きに食べ始めた。恒興はうまそうにカサゴの浜汁を食べている。味噌味(八丁味噌と西京味噌のブレンド)で難波葱、人参、大根、豆腐などが入っていた。

  

 恒興がうまそうにしているから政宗も釣られて口に含みご満悦だ。浜汁はカサゴの一夜干しを軽く炙り出汁を取っている。酒も入っており、濃い出汁は、少し肌寒い陽気と相まってなおさら美味しく感じるのであった。


 メンバーの中ではもっとも若輩の政宗はカサゴ汁に舌鼓を打った後は仕切りに酒を注いだり、広之の家族たちの所へ行き、世話をしている。


 人取橋の戦いや摺上原の戦いは起きておらず、戦歴は地味なため、数々の戦いへ参陣してきた猛者たちを前にすると、借りてきた猫ようだった。


 戦歴に対するコンプレックスがある政宗は大陸の北辺へ出陣した暁に大きな武功を立てるのが念願だ。一方、五徳たちは刺し身の数々に興奮していた。


 いつも食べているのは、淡路島から運ばれてきたものが多く、それを現地で食べれるのだ。美味しいに決まっている。エドゥンとイルハは初に勧められ平目を食べたが、蛸や烏賊には手を付けない。


 五徳や茶々も一旦箸を休めると、大名たちを周り酌をしたり、賑やかになってきた。並ぶご馳走の中では地味だが鰤大根も大好評である。ブリーチーズは皆無視していたが、広之の説明を聞いて食べると複雑な味わいに驚くのだった。

 

 そして焼き物が次々に運ばれてくる。車海老が人気で皆して遠慮せず手を出す。蛸も売れっ子だ。伊勢海老も一瞬で無くなった。


 五徳と仙丸は車海老を食べた後、蛸に手を伸ばしている。エドゥンとイルハは魚介類を一瞥した後、肉類に手を出した。手作りで出来立てのハムは当然うまい。極上のローストビーフでも敵わない。イルハは喜んで食べている。


 エドゥンは豚バラが気に入った様子。福岡の焼鳥屋定番の豚バラであり、現代においては広之も福岡へ行った際は毎晩の用に食べるほどであった。


 広之もハムや豚バラを食べて満足気だ。広之の様子を見た他の面々も肉類に手を出しては満面笑みだ。毎度ながら恒興は笑っていても顔が怖い。


 そして金万福が皆から見えるところで鶏を豪快に焼き始めた。炭の上へ鶏の油を垂らし、さらに藁で煙と火力が凄い勢いだ。


 炎越しに、かなり濃い目の顔をした金万福の笑顔が垣間見えて、これはこれで怖い。そして出来上たものが出される、宮崎名物の鶏炭火焼風だ。


「五郎左殿、これはそれがしの居た日本では日向の名物で格別に美味……」 


 広之にそう小声で囁かれた長秀はひと口食べ、目を見開きながうまさを褒め称えた。こうして鶏炭火焼も一瞬で消える。


 数時間後お開きとなり、船で大坂へ帰ったが、途中ベロンベロンに酔ったイルハは魚の養分を海に撒き散らすのだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る