第388話 メディチ家の命運
昼食を食べているマリア・デ・メディチへトスカーナ大公国の使節団から一報がもたらされた。織田家と幕府の関係と同じで、トスカーナ大公国=メディチ家に他ならない。そうはいっても国家政府、メディチ銀行、メディチ家という形で使節団が構成されている。
使節団へ参加している者たちは政府や銀行などといってもメディチ家の臣下同然だ。マリアは先代当主の娘だ。そのため、マリアを粗略に扱う者は居らず、事実上の大公代理といった形である。
「アデリーナ、案の定ローマ教皇とイエズス会の使節は幕府総裁との会談で散々な目にあったようですね。叔父上(トスカーナ大公)にとっては、メディチ家の親戚筋であらせられる枢機卿のアレッサンドロ殿を教皇に据える好機」
アレッサンドロ・オッタヴィアーノ・デ・メディチはトスカーナ大公フェルディナンド1世やマリアにとっては親戚であり、現在カトリック教会の枢機卿を務めている人物だ。
史実では西暦1605年、クレメンス8世の次に教皇となったが、在位27日目に急死した。教皇位への選出は無論メディチ家の支援があったとされる。当時、マリアがフランス国王アンリ4世へ嫁いでいた事も左右された可能性が高い。
「この先どうなるのか見えてこない状況で当家がカトリック教会の庇護者であるかのように思われるのは得策なのでしょうか」
「貴方の方が大公国の高官よりよほど賢いですわね。普通に考えれば、日本がカトリック教会へどのような対応を行なうか様子見たほうがよろしいでしょう。されど、権力欲というものは理性を狂わせます。それなら、逆手に取る事も可能ではないのかしら」
「マリア様、アレッサンドロ様の教皇位選出へ大公陛下が動いてもお止めにならないおつもりでしょうか」
「止めても無駄ですよ。私をフランスのアンリ4世陛下へ嫁がせようとした件も不調。次は慌てて私を日本へ送り、あわよくば将軍家へ嫁がせたいようですが、およそ目先しか見えてません。イングランドの女王陛下は高齢で世継ぎが居らず、いずれは揉めましょう。メディチ家はフランスに縁がありますし、私の母はハプスブルク家の出身。今、フランスが日本との関係で最前列におります。逆にいえば矢面に立っており身動きは取りずらいはず。エテルニタスからの旅路で色々考えましたが、なぜ日本はメディチ家を無視するような冷淡な態度か……」
「フランスやイングランドの嫌がらせではないのですか」
「普通に考えればそのように見えます。されど、違うでしょうね。今、どちらも日本からの資金で潤っており、メディチ家へ関心低いのが現実。神聖ローマ帝国内のプロテスタント諸侯へも途方もない資金が流れており、いつ公然とハプスブルク家へ反旗を翻しても不思議ではありません。ブランデンブルク、プファルツ、ザクセン、ヘッセン=カッセル、ヴュルテンベルクなどは今回非公式ながら使節を立てており、ハプスブルク家から寝返るのも時間の問題。ライン川一帯で自由欧州同盟とオーストリア・ハプスブルク家の間で大きな戦争が起きる機運が高まりつつあると見ました。その戦争はイスパニアと違い簡単には終わらないでしょう」
「それと当家やローマ教皇がどのように繋がるのでしょうか」
「つまりイングランドは問題外、フランスも中立足りえません。欧州を見渡して中立足り得るのはメディチ家だけです。ならば、フランスやイングランドがライン川方面へ進出し、プロテスタント諸侯と共にオーストリア・ハプスブルク家と対峙する状況が作り出されたら、フランス、ハプスブルク家、カトリック教会などの勢力に近いメディチ家が必要となります。そのためには表向きは現状維持が望ましいでしょう。下手にフランスへ接近せず、日本と付かず離れず、されど敵対しない状態を根気よく維持し、水面下で交流を深めるのです」
「それならばアレッサンドロ様はいずれ……」
「さよう。物事にはタイミングがあります。いずれクレメンス8世猊下では収拾がつかなくなるでしょう。幕府総裁が異端で逮捕されている者を亡命云々というのは宗教的な話ではなく、政治的なものです。いずれクレメンス8世猊下の失態として大きな問題へ発展するかも知れません。そのような伏線の先に神聖ローマ帝国のプロテスタント派がハプスブルク家と戦火を交えればクレメンス8世猊下が収拾に動くとしても、かえって火を付けるだけ。神聖ローマ帝国が瓦解すればカトリック教会の責任問題となり、クレメンス8世猊下は退位せざるを得ないでしょう。アレッサンドロ殿が教皇になっても、かなりお年をめされている以上在位は短いはず。やがて日本が掲げるような信仰の自由に関する条約へローマ教皇やハプスブルク家も調印せざるを得ない事態まで想定しなければなりません。私はカトリックですがプロテスタントとの争いが終わる事を願っております。これは僥倖なのかも知れないわね」
そういうとマリアは食事を片付けさせ、お茶の仕度を命じるのであった。その後、抹茶オレや花林糖饅頭を堪能しつつ寛いだのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます