第42話 正月2日目の波乱

 正月2日、大変な事が起きた。昨晩、幸田広之の屋敷における話を聞いた織田信孝は急遽明後日婚儀執り行うべし、と決定。広之は五徳や家中の者と住吉社へ参拝した帰りに屋敷よりの早馬で知った。


 戻ると大坂城の内外は大変な騒ぎである。それもそのはず正月の挨拶回りや儀式に追われるなか、上様の妹君が結婚とは慌てるのも無理はない。


 家康たち一行は京の都へ向かうはずであったが急遽取りやめ。大坂へ挨拶のため訪れていた茶屋四郎次郎と角倉了以が京の都へ早馬を出し、大至急祝いの品を届けるよう手配。


 池田恒興、中川清秀、高山重友(右近)、細川忠興や信孝の重臣も茶屋四郎次郎や角倉了以に調達を依頼した。恒興は清秀や重友より豪華なものを所望。清秀は恒興と同等のもの。重友は2人より劣るもの。三者三様であった。


 しかし、本来であれば祝いの品など用意出来るはずもなく目録だけの者が大半であった。婚儀自体は城内で行うことになったが、まず問題となったのは鯛の入手。普段でも鯛を大量に入手するのは難しい。事前の手配が必要となる。


 信孝家中は鯛を入手するため各地の漁村へ向かった。強面の馬廻が数十騎ほど派遣され、銭を積み上げ船を出させたのである。


 大坂では信孝の人気が高く幸田広之を知っている網元もおり、快く引き受けてくれた。他の魚も揃えることを承諾。幸田家では引き出物に渡す鰹節、昆布、干し鮑、塩引き鮭、茶を自力で用意していた。在庫が豊富にあったのだ。


 塩引き鮭は昨日信孝の重臣宅へ挨拶行った際、届けていた。本日は格下の家臣へ挨拶の際、届ける予定で、幸い在庫が大量にあったのである。さらに幸田家でも別途宴席を行うべく高位の家臣が食材確保へ馬廻を走らせた。


 幸田家は現在、右筆役、小姓役、使役つかいやく、賄役、奥役、図面役、取次役、検分役、勘定役、馬廻役、祭事役、書物役、本草役、作事役、荷役、厩役、中間役ちゅうげんやく、小者役、仲居役、女中役という役職があり、それぞれかしらが居る。


 取次役頭が惣組頭、小姓役頭が用人を務めていた。惣組頭は実質的な家老である。用人の地位は家老に次ぐ。他に重臣と言えるのは勘定役頭、検分役頭、使役頭、馬廻役頭、祭事役頭あたりだ。お初は仲居役頭であり、哲普は本来小姓役だったが数え15歳ながら賄役頭。


 作事役、厩役、女中役、賄役、仲居役は足軽扱いだが、中間役や小者役は足軽以下の扱いとなる。小者あたりだと名前で呼ばれることはない。現代で言えば工場への単発派遣みたいなものだろう。

 

 江戸時代、大奥の最下級に御犬子供という存在が居た。年少の雑仕事する無給労働者だが、流石に現代人の感覚では理解の範囲を超える。


 奴隷には自由が無いという人も居るが、米国やブラジルの奴隷は歌うくらいの自由はあったかも知れない。 御犬子供に歌う自由があったかも怪しい。これなんかも奴隷と大差ないわけで、身分というのは大きい。


 中間が上の者にはこれ以上ないくらい下手でありながら、小者へは物凄く偉そうなのも内心嫌悪している。無論、現代人の価値観で野蛮人扱いする気もない。家中において暴力行為や喧嘩は厳禁としており、最低限だけ規制するに留めた。


 また広之は信孝家中で侍習という役職にあり、そちらにも部下や与力が居る。最初は信孝や丹羽長秀と連絡を取るための伝令や広之の秘書的存在であった。


 江戸幕府で言うところの大目付や御庭番のような役割も担っている。人間ICレコーダみたいな者から剣客まで多様な人材が揃っていた。


 問題は家中に新たな役職が必要となる。奥方(五徳)を頂点として、侍女、奥女中とかは必要なはず。将来的には乳母や傅役も含まれるのかも知れない。


 惣組頭が言うには信孝の家臣から15歳以上の娘や結婚したが子供を産めず離縁された者など3人選ばれたらしい。さらに広之の家臣で妹を是非お側に、という者が居り、面接済みだとか。


 勘定役は必死に銭勘定をしている。祭事役は有職故実や武家故実に精通した儀式のエキスパートみたいな連中だ。突然の大仕事に張り切っていた。


 取次役、使役、右筆役、小姓役なども総動員となっている。どこまで行っても、この時代の部外者。細かいしきたりなどいまだによくわからない広之はまな板の鯉となる他ない。


 幸田家には家中から祝いの挨拶が殺到している。なにしろ織田信長没後における織田家初の婚儀。五徳は徳川家の嫡男へ嫁いだ経歴があるだけに絶大な権力(広之が)を有していると見なされているようだ。


 また今回の婚儀をもっとも歓迎していたのは家康である。信長の娘へ迷惑を掛けたうえ、不遇な目にあわせてしまい引け目を感じていた(史実だと家康は徳川幕府成立後、五徳へ間接的に2千石与えている)。


 現実的な事言えば、五徳が信孝の有力家臣へ嫁いだら息子の件も無効になるだろうと安心せずにはいられない。信孝妹の婚儀に立ち会えることへ、同行した武田信君と木曽義昌も喜んでいた。


 北条氏規も家康の客人とし、同席を許されており、何とか信孝の重臣に誼を通じたい一心である。少なくとも信孝妹であり、家康の嫡男正室だった姫君だ。

 

 そんな人物の婚儀に列席したとあれば最低限の面目は立つ。それも家康との私的な関係における成果であり、兄(氏政)へ強調すべき点となるだろう。


 夕方にもなると大坂中で信孝妹の婚儀は知れ渡り、近隣農家から野菜など持参する者が相次いだ。また名主、寺社、有力商人からは祝儀を届けるものが続出。


 さらに各地から買い付けられた大量の酒が続々と運びこまれた。広之は明日婚儀が終わったあとの2次会に備え、お初や哲普と料理の準備をしつつ、これから五徳のことを何と呼べばいいのか悩む。


 この時代、新婚旅行あるとは思えないけど、可能ならば1度娘に合わせてやりたい。無理なら京見物や有馬温泉でもいい。などと思う広之なのである。


 五徳は奥御殿に戻ったきりだ。1度侍女が来て惣組頭、用人、奥役頭、祭事役頭などと打ち合わせしていた。現在ある奥役は女中よりは侍女に近い。  


 武家の出でそれなりの教養がある。女中の上級部署的な役割で客への応対も行う。奥役をどう折り合いつけるかも考えねばなるまい。


 こうして波乱の正月2日目も終わろうとしていた。



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