第43話 女主人
いよいよ当日を迎えた。起きてから縁起担ぎなのか知らないけど祭事役の指示により、あれこれ妙な事をさせられている。
織田家の使者が来訪し、やはり儀式。そして婚儀を行う広間へ向かう。媒酌人は池田恒興である。進行役みたいなのを中川清秀が務めており、2人共見た目は現代で言えばその筋。
かなり迫力があり、襲名披露や親子盃みたいになっている。昨晩、高山重友と細川忠興の両名揃って訪れたが恒興と清秀は居なかった。
忠興は家柄的にも武家故実へ精通しており、いろいろ説明してくれた。 恒興と清秀は恐らく忠興の指導を受けたあと練習していたのだろう。
戦場では勇猛な2人だが、清秀は完全に上がっており声も甲高くなっている。恒興は普段から顔面凶器系だが、顔に力入りすぎで、ますます怖い。
史実だと清秀は賤ヶ岳の戦いにより、亡くなっている。恒興は4ヶ月半後、小牧・長久手の戦いで、やはり戦死。それを言うと信孝も本来は半年ほど前に亡くなっている身だ。
母親は磔にあい竹子は実家に戻り再婚するが、再婚相手も直ぐ討ち死に。その後、信孝と結婚する前の許嫁と再再婚というハードな人生を歩んだ。
また武田信君(穴山梅雪)も亡くなっている。さらに幸田孝之はこの場に居る稲葉良通(一鉄)と氏家行広と戦い討ち死に。
ちなみに孝之の母は信孝の母と同じく秀吉に殺されている。それらの事実は2人に伝えており、孝之がいかなる心境なのか知る由もない。
晴れの場でいろいろ複雑な気分になる。それを打ち消すように清秀の甲高い声が響き渡る。ちなみに信孝から祝儀代わりに2万石加増が申し渡された。これで6万石の切米扶持となる。
知行地なら四公六民として15万石相当。しかも軍役が無い。もし軍役あれば戦闘する者だけで約4千人くらいは動員が必要。
数時間掛かり、式が終わると輿入れとなった。これもやたら長い。屋敷に入っても、これでもかというくらい続く。ようやく普段着になったが、五徳は侍女や女中と勘定役頭に持ってこさせた帳簿を確認している。
現代で言えば結婚した瞬間に嫁と姑から通帳を取り上げられたようなものだろう。江戸時代でもそうだが武家の正室ともなれば、それなりに立場は強い。
戦国時代でも淀君(茶々)のように世継ぎを産めば立場は強くなる。大奥も初期はそうであったが、次第に世継ぎを産んでも格はたいして上がらなくなった。
五徳たちは、そのうち屋敷内の在庫確認を行っている。まるで抜け荷改めでも行うが如くだ。不正でも発覚したら、横領者はその場で斬られかねない。
奥役は再編成となり、頭は五徳の侍女。ただし普段は奥役頭といわず奥取次用人。その下が室女中、さらに奥女中という構成である。
室女中は五徳専用の女中で信孝が用意してくれた者たち。奥女中は元から居る者。さらに奥若女中という商家でいう丁稚みたいな者も1人居た。
惣組頭は例え上様の妹君であろうが当家に嫁ぐ以上はこちらの家風に従って云々豪語していた。現代風に言えば、何様か知らんけどガツンと言ったりますわ、みたいな勢い。
しかし、織田家の家風がどうしたとか先手を打たれ、たじたじになっている。奥の方は完全掌握され、室女中が用人へ必要なものを用意するよう命じた。
室女中の1人は台所に行き、片っ端から確認した上、哲普へ偉そうな口調であれやこれや言ってる。そこそこの家の娘らしいが、哲普の収入聞いたら泡吹いて倒れるだろう。豪商や大きな寺から招かれ料理を作り過分な報酬をもらっている。
最近では自身の内弟子も居るわけで、月の収入は米にすれば100石を超える。武士で言えば四公六民だと3千石ほどの知行。しかも普通の武士なら知行より武具、馬、旗など捻出するわけで数千石程度では生活に余裕無く、苦しいはず。
なかなか、そんなレベルは居ない。恐らく室女中の実家の知行より上なのは間違いない。間もなく五徳が台所に乗り込んできた。
「これ哲普、当家に銭を預けているというが相当な量じゃの。そなたが武家の者であれば、乱暴取り(略奪)と同じようなものじゃが、いまだに僧籍だと聞く。また許諾を経てるなら不問とする。ただし、お務めは疎かにするでないぞ」
そう言うと五徳は室女中を呼び、哲普の資産や家系の素性伝えたようだ。かなり驚いている様子。どうせ農民くずれとでも思っていたのだろう。
現代ならキャバ嬢が身なりで判断し、細客だと舐めていたら、実はそこそこのIT企業社長だった、みたいな話である。それに哲普は和泉三十六郷士と言われる国人衆が父であり、身分の低い母親から産まれた庶子だ。
小さい頃に寺へ出され、それ以来、父や母と会ったこともない。父は佐久間信盛や蜂屋頼隆の傘下から現在では織田信孝の直臣となり、岸和田城代の与力。
世俗から捨てたはずの息子がいまや信孝に直接まみえるという、権力により近い立場。何とも皮肉な話だ。当然、哲普は教養も高い。暇さえあれば屋敷にある書籍を読みふけり、本草学や図面にも興味を持っている。
しばらくして徳川家康一行が明日早朝京の都へ出立するので挨拶しに訪れた。茶屋四郎次郎は同行して帰るようだが、角倉了以は残るという。
了以は広之が信孝家中でそれなりの地位だとは認識していた。しかし信孝の配慮で正月に妹娶る程だとは思っておらず、今後の付き合い方含め、再構築する必要を感じたのである。
すでに茶屋四郎次郎の手代が家中に入っており、何としてでも自身の手代を送り込みたい。
さらに城の改築をしている大工が来て、正月明けたら、大急ぎで庭を増築するよう信孝に申し付けられた、とやってきた。
奥取次用人と打ち合わせしてたけど、明らかに規模が大きい。しかし、よくわからないので口を挟まず任せるだけだ。夕方に竹子と浅井三姉妹がやってきた。
「左衛門殿は正月早々めでたいのぅ。住吉社のご利益であろぅや」
「御台様のおかげでございましょう」
「五徳殿に浅井家の姫君と賑やかになり、羨ましいものよ」
「いま何と申されましたか」
「上様より聞いておらぬか。浅井家姫君の養育も任せる、と。そのための加増じゃぞ。これはしたり……」
それで奥の庭、大半潰して増築するといいうことを、いまさら知った広之である。
「五徳殿、奥役はいかがされましょう」
「当家の奥取次用人と別途、浅井方用人を設け、その下に浅井方付女中を付けますのでご心配無用にてございます」
五徳殿なんて他人行儀はおやめくだされ、とか言わないのだな。
「然様でござれば、お任せいたします」
「どちらが主人なのかわからぬのぅ。しかし五徳殿が奥を取り仕切れば安心じゃ」
「さあ、皆様お召し上がりくださいませ」
五徳が広之の横で取り仕切る。間もなく、お初や奥女中が料理を持ってきた。難波葱のぬた、酢蛸、鮭のみぞれ煮などだ。
また囲炉裏に4つほど鉄の台が置かれ、その上へ鍋をのせた。すでに昆布と鰹節、焼いた鯛の頭で取った出汁の香りたるや見事なものである。
鍋の中には平茸、シメジ、難波葱、水菜、豆腐、葛切りが入れられた。頃合いを見て鯛の切り身が次々に鍋を泳ぎ、広之と五徳が椀に取り分けて出す。
「鯛のしゃぶしゃぶと申します。まずは鯛と水菜を一緒に召し上がりください。2口目からは柚子醤油(ポン酢です)につけてくだされ」
「水菜との相性がよろしいこと。まるで左衛門殿と五徳殿みたいじゃなぁ」
「御台様、どちらが鯛で水菜でございましょうや」
新春そうそうにしまった、と思う竹子であった。
「豆腐もお出汁吸っておいしいこと」
「きのこもたまりませぬ」
「この葛切りもなめらかで……」
すかさず浅井三姉妹が連携で凍りかけた空気を溶かす。鯛や水菜が追加されては消えていく。そして最後に米が加えられる沸騰する手前で止めた。決してかき混ぜない。
それを椀によそって出す。味付けは、鯛しゃぶの段階から塩が少し入っていた。それに味醂を少し加えている。
「もはや米とは思えぬ味わいじゃなぁ」
竹子はそういうや酒で落ち着かせるのであった。
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