第155話 バンコク日本人町②
現在、シャムに居る日本人は2万人を超えていた。天正19年に日本に出発した日本人が来るまでは8千人程度。シャム国と蜜月に近い関係であり、大幅な人員増だ。
その内、1万5千人あまりがバンコクに住んでいる。この他にもクメール人、明国人、琉球人なども多数居て、多国籍都市となっていた。
宗教に関しては、キリスト教、イスラム教、日本の仏教と神道は活動が禁じられていた。これは現地の信仰を尊重するという幕府の外地政策の一環だ。多神教、自然崇拝、土俗信仰、祖先崇拝、儒教などが融合した東アジア世界において一神教は激しい対立を生む。
キリスト教とイスラム教を広めさせないため、日本の仏教と神道を犠牲にした形だ。そのためバンコクには上座部仏教寺院、ヒンドゥー教の祠、道教寺院、孔子廟、関帝廟、媽祖廟などが混在している。日本人はそれらを参拝していた。
そうはいっても伝導、布教、勧誘の類が禁じられているだけで個人の信仰は自由である。
日本人の家屋や敷地内には神棚、仏壇、地蔵などある場合が多い。日本人の僧侶や神主も他に職を持っているという形式で、目立たぬよう活動していた。
禁止の対象となるのは教会や寺社を建て、他民族を主な対象とする場合だ。同じ民族相手に草の根レベルの活動なら問題はない。
日本人も見様見真似でシャム人に混じり、毎朝托鉢する僧へタンブン(功徳を積むという意味。食物や生活用品を寄進する)するなど多くの者が行っている。ちなみに僧侶は日に2食で朝と昼だけだ。
宗教以外にも様々な環境の違いがある。大きなものは気候、食文化、人の気質、動植物などだ。
先ずは、家の中にもトッケイという大きなヤモリが居たりして日本人を驚かせた。さらに水辺へ行くとミズオオトカゲが居り、大きさは2mを超えたりする。シャムへ来たばかりの者はミズオオトカゲを初めて見た時は腰を抜かすほど驚く。
ただトッケーやミズオオトカゲは大きいだけで特に害はない。それどころかトッケイは家の守り神とし幸運や繁盛を呼び込むとされている。日本でもヤモリは家守などと書いたりする。ちなみにイモリは井守。
家に居るから家守、井戸に居るから井守と単純ではある。ヤモリの方は虫を食べてくれるので人間にとってはまさに家守だ。シャムではトッケイが7回連続で鳴けば幸運の兆しとされている。
そして真打ち登場というか水辺で最大の脅威といえばワニだ。雨季の時期は川や池が増水し、ワニが町中や村を彷徨い歩く事もある。
さらに怖いという類では無いが、最も驚くのは象であろう。象使いは日本人目当てに居住区へ頻繁にやってくる。餌をあげさせたり、芸をさせてはお金を貰うのだ。
見世物の他に荷物の運搬を請け負って働いている。この場合の象使いは現代でいえば重機オペレーターに該当するのかも知れない。丸木や石の運搬などで大活躍していた。
バンコク周辺を含め千頭以上の象が働いている。象のキャンプみたいな場所があって池の畔で水遊びをする光景は壮観だ(餌の量が膨大なのでキャンプ地は複数の上、移動する)。
象の他に水牛も沢山働いており、こちらも湿地帯の牧場で群れている。何れも日本人、明国人、琉球人には物珍しく見物客も多い。またロップリーという町はそこら中に猿が居る。
これらはバンコクの中心部や郊外でも見かける類だが、深い森林や山間部へ行けば虎、豹、マレーグマ、ホウシャガメ、コウモリなども居る。
シャムから織田信孝へ小象を贈りたいとの申し出があった。しかし日に何百kgもの餌が必要な上、寒い時期を考えれば難しいと幸田広之は却下した。
なお動物で最も恐れられているのはコブラだ。湿地帯の広がるバンコクにおいてはそこら中に居る。そうはいっても夜行性なので昼間は巣に居たりするが、夜間の作業や移動は危ない。
タイは暑いので日が暮れてから作業をする場合も多かったりする。しかし仮に出てきてもシャム人やクメール人などがたちまち素手で捕まえてしまう。
高く売れるが、大抵は自分たちで食べる。先ずは牙を折り、血を抜く。血と胆汁はラオカオ(焼酎)に入れて飲む。身は、スープにしたり焼いて食べる。揚げたりもした。
専門のコブラハンターも居て、買い取られ酒に漬け込まれる。蜂蜜や様々な薬草、香草、香辛料も入り日本人や明国人が高い値で買う。
食べ物ではヒンドゥー教の影響で牛を食べたりしない。豚もクメール人などは食べない人も多いが、牛のようにうるさくなく、バンコクでは食べる者も多かった。明国人が多いので養豚場や養鶏場があちこちにある。
魚介類は実に豊富だ。鯰、雷魚、ボラ、グルクマ(見た目は鯵だがサバ科。タイ語でプラートゥ)、スマ(サバ科でトロのような味わい)、ゴマサバ、鯵、鰯、プラーガポン(スズキのような魚)、プラーガオ(ハタ系)、イサキ、シイラ、カマス、太刀魚、鰆、タカベ、イトヨリ、鮪、目地鮪、鰹、フエダイ、烏賊、海老、カブトガニ、渡り蟹、シャコ、牡蠣、赤貝、バイ貝、マテ貝、蛤、アサリ、鬼サザエなど相当な種類が入手可能である。
よく沖縄の魚は不味いという人が居るが、ほぼ偏見と誤解の類だろう。寒いところの魚は脂肪を蓄えるとか海流の関係などという。鰤 クエ、アラ(九州ではクエの事を指すが本来別の魚)、キジハタ、鯛、鰹、鯵、鰆、ふぐ、鱧、縞鯵など暖かい海域でも美味しい魚は多い。
シャムの海や淡水で取れる豊富な魚種は日本人を喜ばせていた。特にバンコクは海に近くチャオプラヤー川で運ばれてくる。
さらに日本と大きく異なるのは果物だ。西瓜、パイナップル、バナナ、みかん、マンゴー、パパイア、グァバ、タマリンド、ドラゴンフルーツ、ロンガン、ドゥリアン、ランブータン、ポメロ、マンゴスチン、ジャックフルーツなど多種多様である。
日本なら春の時期だが、パイナップル、パパイヤ、バナナ、みかん、グァバなどが出回っており、日本人も食べていた。
野菜は日本より持ち込まれたものなど含め、とうもろこし、じゃが芋、南瓜、薩摩芋、胡瓜、茄子、唐辛子、にんにく、生姜、紫蘇、みょうが、苦瓜、枝豆、いんげん、タロイモ、空芯菜、トマト、ズッキーニ、玉葱などが育てられている。
またシャムでは昆虫もよく食べられているが日本人は、あまり食べる者は居ない。
食材の宝庫といっても過言ではなく、日本人はタイでの食生活を満喫していた。
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