第316話 朝鮮の混乱

 昨年の夏頃から朝鮮王李昖(宣祖)は王子や重臣共々江華島で保護されていた。500m四方程の堀と塀で囲まれた中から外へ出る事は許されない。


 保護しているというのは無論、幕府側の建前であるが、現実味を帯びつつある。王朝の中枢を丸ごと失い、残された両班たちは主導権争いをしつつ、宗主国である明国の助けを乞うべく、北京へ使者が派遣された。  


 しかし、明国側は属国(冊封)でありながら、友好関係にある日本国の施設を占拠の上、人員を殺戮の挙げ句、破壊した行為は不当行為と糾弾。


 朝鮮王が無事である以上は外交的に解決すべしと論じた。ようするに自業自得であり、不介入との意思表示だ。使者が帰国しても党派抗争はさらに悪化の一途を辿り、朝鮮国内四分五裂となっていた。


 蜂起した民衆によって両班が殺されたり、追放などという事象も各地で発生している。およそ国土の3割程は民衆による自治区となっていた。


 各地の水営は全て幕府艦隊の襲来を受け壊滅している。全羅道ではかつての百済を復興させるため支援すると告げ、慶尚道ではかつての新羅を復興させるため支援するなどと、各地域の対立を誘発した。


 領議政から転げ落ち、逃れていた柳成龍は臨時の領議政を標榜していたが、各地の軍閥や民衆蜂起に打つ手はない。また、鴨緑江南側にある義州も民衆蜂起が起き自治状態となっており、貧しい農民は渡河を試みていた。


 遼東へ行けば、広い土地が与えられ、働き先は幾らでもあると話題になっているからだ。場所によっては幕府が渡し舟を出してる地点がある。舟を降りれば人別や手形が作られ、先ずは十分な食事でもてなされた。


 江華宮と名付けられた屋敷で朝鮮王李昖(宣祖)と領議政李山海は今後について話し合っていた。


「もはや国とは名ばかりじゃ。明国にも見捨てられたに等しい。国王の代理を名乗る者同士が争っておるそうじゃ。世宗の末が 14人も居るという。そなたの意見を取り入れてれば、ここまでの有り様には……」


「陛下、まだ諦めてはなりませぬ。失礼ながら、朝鮮を支配するつもりならば、陛下や私めも既に首は飛んでおりましょう。生かして、何かを引き出そうという気配もございませぬ」


「そこが解せぬ。民たちから税も取らねば、略奪もしてないという。城や町を作るのに集めた者たちへ十分な賃金が支払われ、作物も高値で買い上げているそうじゃ」


「目的が分かれば糸口は見えましょう。しかし……」


「何じゃ、言うてみよ」


「申し上げ難いのですが、朝鮮を従えるつもりもなく我が国へ突きつけた七ヵ条で、本当に必要なのは『江華島と仁川の租借』『済州島の割譲』だけでは無いのでしょうか。今やどちらも成し遂げております。明国や遼東へ行くのに必要であり、それらがあれば他はどうとでもよいのか、と」


「朝鮮を支配したり、貿易する価値も無いというのか」


「恐れながら」


「ならば、如何いたすつもりじゃ」


「少なくとも王家を廃する気は無いと存じます」


「だとして打開策はあるのか」


「『水営を廃止』『対馬宗家との貿易禁止』『豆満江や鴨緑江での民衆による貿易を黙認』『倭国や倭人、あるいはオランケという呼び方を禁ずる』『江華島、仁川と金浦の間、済州島を租借』『明国以外との通交はせぬ』と、これらを守れば打開出来るやも知れませぬ」


「釜山の倭館はよいのか」


「望んでないはずです」


「そちの案を認める。直ちに交渉せよ」


 この申し出は幕府軍に伝えられ、瀋陽の徳川家康へ報せが届いた。


「殿、朝鮮よりの書状でございます」


「良い報せかのぉ」


 家康は本多正信から渡された書状を読み始めた。


「みっつ足らぬな」


 そういうや家康は書状を正信へ渡す。


「もし、『幕府の船が朝鮮で座礁したら助ける事』『補給を求めたる場合は正当な対価による水や食物の買い入れを認める事』『江華島や仁川に居る日本人が境界の外へ行く自由と買い入れや市を開く事』。これらを定めねばならぬ。それならば、直ちに漢城へ戻しても良かろう」


 こうして家康の使者を乗せた船は朝鮮へ向かうのであった。

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