第13話 北国からの狼煙

 織田信孝が大坂城に本拠を移してから、幸田孝之は摂津の住吉郡と東成郡合わせて約5万石の拝領となった。そして新たに家老の席に列っし、大坂の町奉行も兼任。広之の提案で直ぐ様、町の組織整理に取り組む。


 史実においては大坂夏の陣後、大坂藩10万石を拝領した松平忠明が町組織の整理に着手する。33年ほど早い着手となった。


 まず惣年寄そうどしよりは史実と同じだが、その上に惣代を置いた。惣年寄も大年寄、中年寄、年寄に別れる。さらに年寄の下には町名主が居て、大坂の町人自治が行われた。寄り合いを重ね本格的に動き出したばかりである。


 これ以外に商人や職人の組織も作られ大坂を支える三自治組織となる。信孝は平野や今井にも同じ統治方式を採用し、効率化をはかった。


 子孫の幸田広之も改めて信孝の家臣となり5千石の切米。つまり玄米の現物支給。実際は商人任せになる。五公五民なら1万石に相当するわけで信孝の家中でも重臣待遇だ。


 役職は顧問に近いものとして中華王朝の侍中あるいは朝廷の侍従を参考に侍習じじゅうとなった。似たような呼び方に近習や近侍などもある。

 

 信孝家中において広之は突然現れた新参者ではあるが、幸田孝之の従兄弟ということもあり、皆相応な態度で接している。ただ、少しよそよそしい。


 信孝と一緒に居ることがあまりに多く寵愛(つまり衆道の疑惑をもたれている)を受けているという穿った見方も存在し、讒言ざんげんを警戒されているためだ。


 特に夜中、織田信孝、丹羽長秀、幸田孝之、幸田広之、岡本良勝、蜂屋頼隆の6人以外立ち入りを禁じられている部屋(未来の本が置いてある)があって2人で籠もっている。


 役職と言っても比較的自由なうえ軍役は免除。信孝、孝之、長秀との連絡用に侍習番として何人か付けてもらった。


 大坂城は元々石山本願寺であり、敷地内には屋敷も多数あった。そのなかに広之の家敷があり、住み込みの女中などを何人か雇いれ、働かせている。そうはいっても大半は子供だ。明智家中の者も居る。


 家臣も20人ほど採用した。いくら軍役なしでも信孝家中の手前、家臣が居ない、ではまずい。


 こちらも明智家中、津田家中、筒井家中など少し訳ありの仕官や京都の茶屋四郎次郎(徳川家康へ本能寺の変を知らせた)から算盤の出来る手代を譲り受けた。腕のたつ武芸者も居る。


 さらに広之が戦国時代に転移したとき、岸和田城下の久米田寺と縁あった関係で、住職から小坊主の1人を譲り受けている。


 一方、信孝の下にも各地から家系図や感状などを携えた浪人が殺到しており、歴史に詳しい広之が同席のうえ改めている。


 大坂城の改修は小規模修正に留められ、紀伊の和歌山(若山から改称)に城の普請を開始。紀伊を安定化させつつ、長宗我部への睨みを効かせるためだ。


 そんなある日、大坂城で広之が長秀から届けられた丹波産の松茸や栗に舌鼓したつづみを打っていたとき、侍習番が駆けつけた。


「なにようじゃ?」


「上杉家よりの使者が参られそうろう」


「然様か、仕度をする」


 広之が部屋に入ると、信孝と孝之、そして上杉家の使者が居た。使者は広之に頭を下げると挨拶し、名乗る。直江山城守……。つまり直江兼続だった。


「それでは申し上げます。我が上杉家は織田家といくさをしておりますが、事ここに至り清く軍門に降りたく、かねてよりお願い申しておりました。ご返事のほどはいかに」


「山城守……儂としては喜んで織田家に迎え入りたい。ただ存じているだろうが上様と殿の亡きいま、一存では決められぬ。そこでじゃ、安土に居られる御本所様に話を通すので直接会ってくれぬか」


「さっそく安土へ向かわせて頂きまする」


 3日後、兼続は安土城にて信雄に面会し、和睦が成立。越後はそのまま安堵となった。兼続は信雄の使者を伴ない越後へ戻ったとき、春日山城は落城寸前であり、九死に一生を得たかに思えたが……。


 勝家は家老筆頭の自分を差し置き、名代が勝手に決めた和睦など知らぬ。北陸の次第我が領分、と跳ね返し、そのまま攻め落としてしまったのである。


 上杉景勝は燃えさかる春日山城のつゆと消えた。さらに中越まで進撃し、国人の多くを降伏させ、揚北衆が残るのみ。


 この報せが安土に伝わると信雄は怒り狂った。自分が骨折って上杉を説得(了承しただけ)してあげたのに何事か、と勝家の使者を追い返し、そのまま岐阜へ進撃。


 勝家の城代や与力をすべて切腹させた。さらに清洲へも兵を送り同様の処置。美濃と尾張は自身の領地とし、三法師を安土に連れ去り、勝家の領地没収する旨、取り決めた。


 勝家はほかの家老たちへ自身に非が無く、信雄排斥すべし、と弾劾する使者を送ったのである。そのうえで佐々成政を春日山城へ置き、自身は小雪が舞う中、北ノ庄に戻った。


 寒さが増すなか、大坂城内にある長秀の家敷に広之が訪れていた。


「此度は五郎左様のおっしゃる通りになりもうしたな。権六殿と御本所様のいずれも……」


「2人共よく知っておる。権六は戦場で前に進むしか取り柄がない。小細工など公家のすることだと軽蔑してのう……。御本所様もああいうお方じゃ。噛み合わせるに限る。山城守から謙信公ご愛用の愛刀である姫鶴一文字を武門の棟梁にこそふさわしい、などと差し渡され、満足そうな顔だったそうじゃ。毛利にも御本所様への十分な挨拶こそ御家のため、と念を入れておいたからのう」


 上杉や毛利という東西の名だたる大名から上様扱いされ有頂天になった信雄が細かいことを気にするはずもない。


 一方の勝家も和睦などする気はまったく越前の朝倉同様に上杉を潰してしまう気であったから、折り合あうことはない。


 季節は晩秋から冬になりつつあった。

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