第133話 黒龍江船上での宴
「しかし筑前守、お主アイヌ、スメレンクル、ホジェンなどのおなごを妾にしておるが相手は納得しておるのか……」
「五郎左様、滅相もありませぬ。おなごは大事に扱うのが、この藤吉郎……」
「総裁様(幸田広之)は“人権”と言うものに対してうるさいからのぉ。知っておるか……。あやつはおなごと交わってる最中、相手の機嫌損ねたら、その時においては暴姦であり、訴えがあれば夫婦であろうと許されぬなどと言っておるぞ」
横で聞いていた福島正則が茶を吹き出す。
「あの御仁は誠に武士なのでございますか」
「包丁大納言などといわれるほど包丁の腕は天下一じゃが、人に刃を向けたことすら無い」
「亡き上様(織田信長)の頃には名を聞いた事もありませぬ。武士としては奇特な御仁ですな」
「又左なぞ、おまつ殿を身籠らせたのが早すぎると気にしておったからな。まあ、それは亡き上様も怒っておった。犬千代はおまつを殺すきか、と。昔なら良いが、今の時世では13歳(満11歳)で万一死産などになれば責を問われかねん」
甘酒を飲んでいた前田利家が固まる。
「亡き上様はおなごに滅法優しかったですからなぁ。この藤吉郎もねねに浮気を言いつけられ、お叱りを受けた事がございます」
「そなたや日向守の爺は兵糧攻めを得意としておった。あれも、今の時世では罪を問われかねない」
「兵糧攻めは敵味方の害が少ないですぞ」
「そこではない。兵だけでなく領民やおなごに子供も籠城していたりする。城を囲んだら戦わぬ者は城外へ出すよう伝えずに攻める事は御法度。降伏した後、兵であっても殺すのはもってのほか」
「何やら面倒ですな」
「敵を攻める時、兵と領民の見分けつかないのは不問じゃ。そなたがエヴェンキやヴェイェニンにした仕打ちは本土なら責を問われてもおかしくはない。しかるに当地の場合、兵とその他を別けるのは難儀。降伏を呼びかけたが応じなかったとか、捕まえておなごを片っ端から犯し、売ったりせねば良しとしよう」
「さて難しい話の後は汗でも流すとしようかの」
長秀たちが乗艦している船には風呂が付いていた。室町時代や江戸時代に一般的な蒸し風呂だ。
幸田広之の発案である。黒龍江なら波も弱く、海と違って川の水を使えるだろうと、風呂を作ってしまった。
長秀たちにとっては、船からときおり見える動物(虎、豹、熊、狐、鷹)の見物、茶、飲食、風呂が大きな楽しみであったが、これら以外だと将棋や囲碁も人気だ。
動物見物は見張り番が、長秀たちへ知らせに来る。狐は人気が無いため呼ばなくなった。やはり人気なのは虎だ。
そして風呂上がりには当然酒宴となる。生の食材が乏しいため、毎回ほぼ同じ物だが、シンプルなものは案外飽きない。
長秀たちの船に先行して小さな舟が進んでおり、ときおり地元の者より魚を買い取ったりしている(物々交換)。
カワカマス(アムールパイク)、鮒、ハクレン、コクレン、アオウオ、ソウギョなどだが、それらは醤油煮、味噌煮、焼き物、揚げ物として出され、本来川魚に親しんでいる長秀や秀吉たちを喜ばせた。
ハバロフスクを開拓の際はホジェンたちに大きな網を与え川魚を存分に取らせ、買い付けようという話も持ち上がっている。
船の中にも囲炉裏端がいくつかあり、次々と焼かれていく。鮭とば、身欠き鰊、ホッケの素干し、干しするめ、干し蛸(稚内の水タコで作った)、五平餅などだ。
さらに、函館漬け(松前漬け)、割干し大根漬け、胡麻豆腐、鮒の味噌煮、カワカマスの唐揚げも並ぶ。
「毎度、似たようなものばかりじゃが飽きぬな」
「似たものでも贅沢でござるな」
秀吉はそう言いつつ身欠き鰊を口にし、日本酒で流し込んだ。
大名の家臣たちも端の方で主君を気にしつつも和やかに飲食を楽しんでいる。しかし、長秀の家老戸田勝成と徳川家重臣の本多忠勝は互いに牽制しあっていた。
山崎の戦いで、勝成は明智光秀、忠勝は斎藤利三を討ち取るという大手柄から、何かと比較される間柄。険悪な仲ではないが、互いに意識はしている。
そもそもタイプが異なる。勝成は地味であまり目立つ事なく、慎重だがいざというときは大きな働きをする。
他の家中からは猛将扱いされているが、見た目も地味かつ温厚な人柄。一方、忠勝は何かと派手で有言実行型。水と油のようなものだ。
勝成は真田信繁(幸村)、忠勝には蘆名政道(伊達小次郎)がそれぞれ懇意にしている。特に信繁は勝成から上方の軍談を聞いて、学んでいた。
そもそも長秀より、信繁は見込みありそうだから色々教えてやれ、と言われている。結果、勝成は事あるごとに信繁へ声を掛けていた。
また別の席では最上義光と服部半蔵が女直のフルハ部をいかに調略すべきか話をしている。幕府は暗殺や人質をどこまで認めるのか、話が白熱していた。
2人とも定番となっている鮭とばと鮒の味噌煮を食べながら不気味な笑みをたたえており、傍目からは怖い。
こうして巨大な屋形船と化した幕府の軍船は北河を目指すのであった。
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