第132話 北河城

 エドゥンと片桐直盛(且元)たちの一行は沿海州に到着するや数日後に北河城(勝手に名付けました。現黒龍江省佳木斯市北部付近を想定)を目指して出発。


 黒龍江を南下し、ホジェンの領域を通過する。彼らはすでに何度か幕府船を見ていた。危害を加えない事を承知しており、物々交換を求め、小舟が幾度となく接近。


 しかし今回は急いでおり、後から沢山船が来ることを告げて断っている。1ヶ月後、丹羽長秀たちの大艦隊を見たら仰天するはずだ。


 ときおり大河沿いで戯れる虎の姿も見え、漂う匂いも懐かしいものだ。遠く離れた日本での生活はまさに夢のようだった。


 感慨に耽るエドゥンであったが、風にも恵まれ、ひと月も掛からず野人女直ウェジ部(渥集部)のイルゲンギョロ(伊爾根覚羅)氏居城、北河城へ到着。


 ウェジ部やフルハ部内では北河伊爾根覚羅とされている。愛新覚羅と同じく元は覚羅氏の系譜だ。


 覚羅氏系統は沢山居るが有力氏族だけでも愛新覚羅や伊爾根覚羅以外にも西林覚羅、察喇覚羅、阿顔覚羅、舒舒覚羅氏など多数存在している。

 

 ヌルハチは遼東半島のヘトゥアラ城を本拠地としているが、覚羅氏の拠点は元々黒龍江に近いあたりだとされていた。


 北河伊爾根覚羅は元々現在の北河城より南方に居たが、祖先は明のヌルガン(奴児干)郡司(海西女直出身の宦官イシハ。後に遼東太監)に従いスメレンクルの土地へ同行。


 ヌルガン遠征時、明朝の分類で野人女直は存在せず、海西女直とされていた。1世紀半近く前の話だ。しかし現在でも海西女直は野人女直を下に見る傾向がある。


 鄭和の大艦隊も同時期であり、明は永楽帝治世下に最盛期を迎え、勢力拡大へ躍起となっていた。


 結局、何度も遠征を繰り返した挙げ句、ヌルガンは放棄。そして北河伊爾根覚羅氏も落ち延びて南下。現在の北河城に拠点を構え、現在へ至っている。


 北河城はフルハ部(虎爾哈)の領域ではあるが、元々はウェジ部の出身ということもあり、よそ者扱いされていた。そのためフルハ部の攻撃をたびたび受けている。


 北河城は黒龍江からウスリー川と松花江が分岐する中間に位置していた。黒龍江をそのまま遡れば蒙古系部族、松花江沿いはフルハ部の有力部族が多い。


 北河城からハバロフスクは近く、そばにはウスリー川が黒龍江へ合流しており。幕府(ほぼ幸田広之)は野人女直統一のため最重要地点と位置付けていた。


 やはり、敦賀から北海道経由で角倉へ行くまでだけでも気が遠くなるほど遠い。そこから南下してハバロフスクへ行くのもまた遠く、史実における文禄・慶長の役を凌駕しており、かなり厳しいといえる。  


 そこでウラジオストックからハンカ湖経由でウスリー川を遡ってハバロフスクへ至る工程なら格段に近い。


 ただしハンカ湖やウスリー川周辺は野人女直ウェジ部の勢力圏だ。恐らく弱小部族との遭遇は不可避であり、服属させる他なく、抵抗すれば攻め滅ぼすしかない。 


 いずれにしろウラジオストックからハバロフスク間のウスリー川が最終防衛線となる。フルハ部制圧後、ウェジ部、そして朝鮮に近いワルカ部という順番だ。


 さて、エドゥンたちが北河城へ入ると城主である父や兄、そして重臣たちに出迎えられた。


「エドゥンよしばらく見ぬうち何やら逞しくなったようじゃな。その服(日本で作ってもらったもの)も見事だのう。さてイルハはいかがいたした」


「父上こそ、ご健勝で何より。イルハは日本に留まっておりますが、ご心配無用。丞相の如き大人物や将軍様妹から娘同然の身として遇され、不自由無い生活をしております」

 

「将軍……」


「明の皇帝に類する御方が居りますが、国の差配は武家といわれる者たちが執り行うのが習わし。その最高位が征夷大将軍であり、1人だけ。将軍は皇帝(天皇)より任命され、幕府を開きます」


「将軍が国を治めて問題はないのか。武官が直接国を納めたら民は苦しかろう」


「日本には法があり、民も安寧な暮らせます。官吏が賄賂など取って発覚すれば。たちまち罰せられ……」


「待て、法が厳しいのはわかった。その罰とは酷いものなのだろう」


「死罪はありませぬ。せいぜい島送り程度。以前、武家は失敗を起こせば主君に腹を切って詫びたそうですが、幕府は禁止といたしました。大名といわれる有力者だろうと気分で家臣や領民を殺すことは許されませぬ」


「そんな事で国はまとまるものなのか」


「都や将軍の居る大坂という町は人が沢山住んで居ります。しかし、1度たりとも喧嘩や泥棒など見た事はありませぬ」


 そう言うとエドゥンは大坂の町を描いた版画を差し出した。日本でも人気の“大坂百景”だ。大坂城、寺社、花見、夏の屋形船、東京府への樽廻船出発、相撲、蹴鞠、将軍の上京行列など様々な風景や場面を描いている。


「凄まじい賑わいじゃな……」


「日本では誰でも砂糖の入った茶を飲んでおります」


「うむ、わかった。そなたとイルハは見聞を広げたのぉ。きっと役に立つ日が来ようぞ」


「遅れて丹羽様という幕府で将軍に次ぐ地位の方が参ります。約2万ほど大河の河口あたりに居り、その内6千程の兵を引き連れ……」


「それを早く言わぬか。6千の兵は援軍で間違いないであろうな」


 エドゥンは幸田広之から渡された図面(地図)を広げ城主に見せながら説明する。


「日本はここにございます。そしてこれが朝鮮。北河城がここ。さすれば、まずフルハ部を父上にまとめ上げて欲しいとの事。丹羽様とは別の軍がこの辺り(ウラジオストック)を抑えウスリー川沿いに北上し、合流いたします。合流は来年となりましょう」


「辺境の貧乏一族がフルハ部をまとめ野人女直の国でも立てろというのか」


「その通りでございます。幕府はヌルハチの満洲国が、やがて海西女直や蒙古諸部を従え、明や朝鮮を襲う事を危惧……。然様な事になれば日本の貿易と安寧が脅かされ、それを避けるため、父上の後押しをしたいとの事」


「まあよい、ここはひとつ踊らされてみるのも一興かの。面白くなってきたわい」


 その後、片桐直盛が城主に大量の鉄砲、刀剣、煙草、銀、絹、茶、薬、磁器、漆器、鍋、包丁、農具、香木、米、麦、味噌、醤油、身欠き鰊、干し鱈、鰹節、仔豚などを山程運び込んで贈呈した。


 そして馬の大量調達を依頼。城主はただちに各地へ調達のため家臣を派遣。自身はありまる物資で近隣領主へ甘い言葉を囁いては籠絡するのだった。


 ホジェンがもたらす毛皮もいつもなら海西女直のウラ国などへ頭を地べたに押し付けながら二束三文で売り渡していたものである。


 もう、その必要はない。近隣の領主からも毛皮は全て買い取ってしまう。異変を察知したウラ国や蒙古のハルハ部が攻めて来ようと鉄砲さえあれば押し返せる。


 直盛の部下が大豆を絞って作る抹茶ラテ、焙じ茶ラテにご満悦な北河城主であった。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る