第397話 慶長伊達騒動②
西暦1596年12月上旬(慶長元年10月中旬)。大坂城本丸内にある幕府総裁幸田広之の御用部屋(執務室)へ総裁官房長官前田玄以(孫十郎)が慌てながら飛び込んで来た。
「孫十郎殿、いかがなされた」
「大納言様、大事にございます。伊達家上屋敷にて刃傷沙汰。伊達家大坂詰め惣奉行の堀江殿と与力数名が斬られたとの由」
「堀江正兵衛の安否やいかに」
「細川屋敷へ運ばれ、駆けつけた御当家の田代養仙殿(幸田家家臣の医師)が手当てをしており、傷は深いものの命に別状は無いとのこと。されど、与力のひとりは首を斬られ息絶えそうろう」
伊達家の家臣が対立していることは広之も知っていた。国許から政宗の両親や一門衆なども訪れ、論功行賞や今後について話し合ったという。確かに大変そうではあった。しかし、刃傷沙汰というのは想定外であり、流石に広之も慌てずにはおられない。
「於茶々殿は無事でございましょうか」
「伊達家家臣に取り囲まれるも脱し、細川家に匿われているとのこと」
広之は正規の手続きを緊急に行なった上、伊達屋敷へ向かった。すでに大坂城三の丸外側に位置する惣構え内は騒然となっている。異常事態を察した各大名家や織田家重臣たちが駆けつけ、伊達屋敷を取り囲んでいた。
屋敷正門の前には丹羽長秀、中川清秀、高山重友(右近)、蒲生氏郷、細川忠興徳川家康たちが控えている。長秀は元家臣の堀江正兵衛長泰が斬られたとあっては黙っておられない。
「総裁様のお出ましじゃな。即刻、門を開けるよう申し渡したが、今しばらくといったきりでのぉ。いかがいたす」
「五郎左殿、まもなく幕府の憲兵隊が駆けつけます。それまでに門を開けなければ謀反と見做す他、ありませぬ。再度、使者を送って頂けぬでしょうか」
「承知した。されど、お主も思案どころであろう。妙案が浮かぶまで、時を稼ぐ。それで良いか」
「かたじけなく存じます」
まったく予期せぬ展開に心中穏やかでない広之は長秀の機転と冷静さに救われる思いだった。権大納言が3人も揃っているという異常事態に周辺の武家屋敷からは着の身着のままで続々と加勢が集まる。
一方、伊達家の屋敷内も修羅場であった。まず帰国後の論功行賞へ伊達輝宗と義姫(最上御前)、さらに米沢より同行してきた一門衆(出征してない者や隠居を含む)が介入。
そもそも与える土地が無い。なので功績あった家臣には従来の知行に加え銭で別途俸禄を支払うべく実行しようと試みた。しかし、一門衆が絶対的な地位にある伊達家では公平な論功行賞は難しい。
微々たる加増案に大陸を転戦してきた家臣は反発。さらに伊達家大坂屋敷の改革案を輝宗と一門衆が政宗へ突きつけた。堀江長泰を降格させた上で義姫の兄である最上光直(最上義光の弟)が惣奉行職へ就くこと、茶々による介入の制限、三川衆の権限を米沢直轄などだ。
ひとことでいえば奥羽の時代遅れ甚だしい非常識のなせる所業といえよう。茶々は己が伊達家中であまりよく思われてないことは重々承知していた。政宗が苦境に立たされるなら、伊達家の中屋敷へ移ることも考えていたが、事態は一変する。
堀江長泰の降格、さらに羽柴家より秀吉と長秀の配慮で移ってきた片桐且元の扱いだ。且元は当初大坂詰め次席家老となる予定だったが、反故にされた挙句、考えられないほど低い俸禄へ茶々も態度を硬化。
政宗も右往左往し、且元を羽柴家に返すなどといい始めた。こうして米沢の一門衆、出征した一族以下の家臣、大坂の茶々一派で三つ巴の確執が激化。
日増しに事態が悪化するなか、長泰は茶々の寵愛を受けながら壟断する奸臣として、守旧派最右翼と呼ぶべき者たちより、突如襲われたのだ。長泰の与力たちは応戦し、数名が重傷を負い、内1名は絶命した。
茶々は与力たちと長泰を助け出し、伊達屋敷から脱出。隣家の細川屋敷へ駆け込み、助けを求めた。忠興は直ちに大坂城本丸を始め、丹羽家、中川家、高山家、蒲生家、細川家、徳川家などへ使いを送ると、手勢で伊達家を取り囲んだ。
伊達政宗は完全に放心状態であり、家中も事の深刻さをようやく理解する。それでも輝宗は最初に斬りつけた家臣を切腹させた。さらに、私的な喧嘩だというアリバイ工作を行なうなど必死だ。
広之と長秀は細川屋敷に入り田代養仙から長泰の容態を確認。その後、他の与力、片桐且元、茶々より、事件のあらましを細かに聞き取る。そうこうしているうち、伊達屋敷が開門され、政宗と輝宗が出て来た。やはり、あくまで私的な喧嘩であり、一方的な裁定には応じないと主張。
「茶々殿、堀江、片桐が嘘を申しており、儂や総裁がそれを信ずれば相応の覚悟というわけじゃな。伊達家の当主と大殿はなかなか面白いことを申す。つまるところ、御当家に非があるという裁定なら受け容れず、幕府へ背き戦うということであろう。誠に見上げたものじゃ」
こういう時の長秀は静かな語り口ながら、眼光は異様に鋭く、ただなら殺気を帯びている。輝宗は今更ながら狼狽し、言葉も出ない。政宗がやっとのことで取りすがる。
「加賀大納言様、ご容赦下され。決して幕府に歯向かうつもりなどございませぬ」
「もう一度聞こう。茶々殿、堀江、片桐が我らに申していることが嘘だというのじゃな」
「嘘とは申しておりませぬ。ただ、当人同士の喧嘩であり、すでに刃傷に及んだ者は切腹しております」
狼狽しつつ輝宗は必死で弁明した。横で政宗は震えている。
「これはしたり。幕府の法度で切腹は厳しく禁じられておることは承知しておろう。万一、勝手なる切腹ではなく命じられてのものならば自決教唆罪じゃ」
横で話を聞いていた広之が長秀を制する。
「五郎左殿、ここよりそれがしにお任せあれ……。伊達家当主並び先の当主に対して閉門(謹慎。江戸時代だと、かなり重い処分)を命ずる。また、両名を始めとする伊達家中は参考人として詮議の上、容疑が固まれば逮捕。無論、詮議で否認するも自由。幕府の威信をかけ公正な裁きを行なう」
その後、憲兵に引き立てられた伊達親子は連日厳しい取り調べを受け、拘留された。その間、伊達家中の取り調べや現場検証など行なわれ刑法(町奉行)、幕府法(治安省監察局)、武家法(幕府憲兵隊警察課)など個別に解明を進め、約1週間で起訴から結審まで終了。
輝宗は実刑判決で無期限の島流し。政宗は執行猶予処分。茶々や長泰に一切の非は認められず、被害者だと認定。また幕府は伊達家へ羽前から羽後に減封をいい渡した。現在、羽前は62万石ほどだが、羽後国内の10万石が新たな領地となる。
羽後は全体で40万石ほどだが、安東5万石、徳川5万石、相馬1万石、岩城1万石、宇都宮1万石、結城1万石、直江兼続5万石、織田11万石となっている。
一方、茶々は広之と初(茶々の妹)の間に出来た琵琶丸(数えで2歳)を養子縁組することが決定。その上で琵琶丸は浅井家の当主となり、茶々が正式に名代を拝命。
浅井家の領地として長浜に20万石が与えられた。家老は片桐且元と堀江長泰が務め、他にも小川祐忠や新庄直定など浅井家ゆかりの人物が家臣団に名を連ねる。
茶々は事実上の女大名となり、宿願の浅井家再興を成し遂げたのであった。また三川衆の権利は浅井家が継承。商社、物流、金融、造船、自動車、家電、石炭、繊維、医薬品などの分野で後世において世界的大企業グループ浅井財閥のルーツとなる。
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