第69話 幸田家女子会
年末ともなれば幕府周辺は相応に忙しい。商人絡みの売り掛け清算や幕府内の精算、さらに年内中の処理が必要な案件等。
織田幕府総裁の幸田広之は現代人なので日本のブラックな体質を痛感している。ある程度の改善を試みてるが無論現代のようには行かない。
改善の一環として仕事終わりに終わらないような量の仕事をさせる行為は強く批判していた。それもあり、幕府や織田家では緊急事態以外に年末の最中、時間の掛かる用事を申し渡さないのが暗黙の了解となっている。
儀式や行事の簡略化も推進しており、ここ数年の年始も織田家と幕府の権力を考えれば地味なものであった。幸田家は幕府や織田家の根幹に関与してるため比較的忙しい。それを労う意味合いもあって師走時期の食事は普段より豪華となる。
若狭より運ばれる新巻鮭、塩引き鮭、塩鰤、塩鯖、鯖のへしこ、鯖の干物、グジの干物、イカの一夜干し、イカの塩辛、イカの沖漬け、越前蟹、鮑、イクラの醤油漬け、筋子。
大坂前、和泉、紀伊、摂津、淡路、讃岐、播磨などから届く太刀魚、真鯛、穴子、平目、カサゴ、鯵、蛸も当然豊富。
家臣を含む奉公人が食べれないのはイクラの醤油漬け、筋子、越前蟹、鮑、蛸くらいであろうか。広之は今年から刺身を解禁しており、昼に食べることが多い。条件は厳しく、冬場に限り獲れてから8時間以内。風邪をひいてたり、体調の悪い者は食べれない。
結果として広之が刺身を食べる機会はほぼ無い。もっぱら五徳と浅井ニ~三姉妹(刺身の時は茶々も駆けつける事が多い)、さらに奥取次用人、浅井方用人、惣組頭、用人、各役頭など限られた者だけ食べることが出来る。無論、お初や哲普は味見しており、恩恵に浴していた。
本日、広之は朝から京の都へキリシタンおよびポルトガルとイスパニア、南方貿易、南方進出、北方進出、対琉球、対明、対朝鮮、銅銭鋳造などの政策について朝廷へ説明するため丹羽長秀や幸田孝之と向かった。
幕府には公家たちも関与しており、およそのことは朝廷の知るところであるが、本年の報告と来年の予定を述べるため、年末恒例となっている。
朝廷の件以外にも茶屋四郎次郎、角倉了以、丹波屋仁兵衛と堺の処分を話し合う予定だった。そのため帰るのは明後日の夕方。
ということで昼から幸田邸には竹子、五徳、茶々、初、江、冬(蒲生氏郷室、織田信長次女)、藤(元筒井定次室、織田信長三女)、永(元前田利長室、織田信長四女)、玉子(別名ガラシャ、細川忠興室)、姫路殿(元羽柴秀吉室、織田信包次女)、勧修寺晴子(准三宮、事実上の誠仁親王妃であり後陽成天皇の母、甥の粟屋勝久は丹羽長秀の重臣)が集まっていた。
想定外であったのは有馬温泉へ湯治に出掛けていた勧修寺晴子が丹羽長秀と粟屋勝久に招かれ大坂へ滞在。それが、幸田邸での集いを聞きつけ、自分も行くと行ってきたのだ。
時おり公家の娘も招待することはあったが、今回は大物にも程がある。それも竹子が幸田邸へ向う寸前に決まったのだ。竹子は城内で時間稼ぎをしながら、使いを走らせ五徳に抜かりなく迎えるよう伝えた。
すでに幸田邸に着いていた何人かは用事を思いだしたから帰ると言い出したが、無論五徳は鬼のような勢いで引き止めた。奥取次用人も完全に狼狽している。
近衛前久を何度か招いているが勧修寺晴子といえば格別な存在。どのように接すべきなのか見当もつかない。
竹子は豊富にある食材を広之が居ない間、片っ端から食い尽くし、何なら幸田邸に泊まっていくくらいのつもりであった。まさか、そんな海賊の宴みたいなことを勧修寺晴子の前で繰り広げるのは駄目だろう。
気楽に構えていた五徳は信康事件以来の窮地。血迷った五徳は哲普を呼び、事の次第を伝えすべて任せてしまった。そして準備する間もなく竹子たちが到着。
勧修寺晴子を案内する竹子はまるで獅子に追い詰められた兎のようだ。部屋に案内すると、いきなり珠が晴子へ親しそうに挨拶している。
珠の父親は明智光秀で足利義昭、武田元明、粟屋氏などと付き合いが深い。舅は細川藤孝でもあり、晴子とも知り合いだったのだ。竹子と五徳はこれなら何とか乗り切れる、と急に息を吹き返した。
幸い竹子が北畠の血筋であることを晴子は知っており好意的だ。運ばれてきた豆乳ほうじ茶ラテを飲みながら話に花が咲く。五徳、藤、永、姫路殿など訳ありたちの話に至って同情的である。
竹子や五徳が懸念したほど晴子は浮き世離れしておらず至って普通だった。浅草梅園もどきの粟ぜんざいも気に入った様子。3時間ほどが経過し、いよいよ食事が運ばれてきた。
穴子の八幡巻、塩鯖の燻製、からし蓮根、カラスミ、塩鰤の雑煮が並ぶ。皆、五徳の勧めで日本酒を選んだ。晴子は若狭に縁あるだけに鰤が気になったようで、塩鰤の雑煮から手を出す。アゴと昆布で出汁を取り、塩鰤、大根、ニンジン、里芋が入っている。
「妾は鰤が好きでなぁ。懐かしい気がするのぅ」
茶々が物怖じせず塩鯖の燻製を勧めた。
「鯖も昔はよく食べたものじゃ。さて、この風味は実に芳ばしい。これは酒が進む」
一同、安心した様子でそれぞれ好きなものを食べ始める。穴子の八幡巻き、からし蓮根、カラスミも好評で晴子も酒のピッチが上がった。
「そう畏まらずともよい。妾もそなたたち同様武家の血が流れた娘じゃ。母の一族は織田家とも縁は深い。我が甥も大坂に住んでおる。堅苦しい間柄でも無かろう。近衛殿からも幸田家の食べ物は実に美味と聞いておったがまことじゃなぁ」
後陽成天皇の女御である前子は近衛前久の娘だった。竹子と五徳は不覚にも晴子から前久との関係を聞き驚く。しかし晴子が心配したような人物ではなく、胸を撫で下ろすのだった。
安心したのか竹子は以前某公家の娘に名前をからかわれた件について話を少し盛って言い付ける。いつもは肩で風を切る勢いの竹子だが太鼓持ち状態だ。
そして囲炉裏に炉端焼きの準備が整う。塩引き鮭、塩鰤、塩鯖、鯖の干物、グジの干物、イカの一夜干し、鮑、田楽などが焼かれていく。
若狭の幸を堪能する晴子だった。哲普は晴子が粟屋氏の出で、若狭に縁あることを調べていたのである。そのため若狭の魚介類を最大限に活かした献立へ変更。
最後は鯖のへしこで茶漬けとなった。晴子は故郷を出てからこんなに食べたのは初めてだと満足気だ。
こうして主不在の宴は無事に終わった。
✾数ある作品の中からお読み頂き有り難うございます
宜しければ「★で称える」を押してくだされ!
執筆する上で励みになりますのじゃ🙏
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます