第68話 冬の播州牡蠣

 今年もいよいよ残り少なくなってきた。冬といえば魚が美味しい季節でもある。


 大都市大坂の蛋白源として幕府は漁業を大いに奨励。史実における徳川幕府同様、大坂城で出す魚を大量確保するため魚問屋は生簀まで作っていた。


 さらに紀伊、播磨、讃岐などから船の中央に生簀を備えた活船も沢山往来している。鯖街道なども活況を呈しており、北海道からの身欠き鰊や干し鱈も届く。


 そして、いよいよ牡蠣船も登場。広之の協力で幸田孝之の領地播磨の相生にて牡蠣の養殖を始めていた。ひび立て養殖という江戸時代に行っていた養殖方法だ。


 干潟に竹や木を建て、付着させた牡蠣が育つまで待ち収穫するという単純な方法である。この方式は昭和まで行なっていた。


 余談ではあるが幸田孝之領内は広之の全面協力により大いに栄えている。姫路は摂津以西の西国街道(山陽道から名称変更)において最も発展。


 明石は漁業並びにイカナゴの釘煮(佃煮)と板海苔、相生は牡蠣、赤穂は塩。この他に日本酒、素麺、茶、綿花、養蚕、和紙、オタネニンジン、蒟蒻。さまざまな産物の奨励を行い商人への優遇処置も用意されている。


 また播磨は食事が美味しく、旅人や商人、さらには他国の武士にも評判高い。これも当然、広之が協力している。蛸の炊き込みめし、牡蠣めし、鯛めし、穴子めし、茶漬け、おでん、素麺、蕎麦切り、うどん、天ぷら、唐揚げ、焼鳥、五平餅、味噌蒟蒻、花林糖饅頭、粕汁など大坂並のものが食べれた。

 

 船で領国と大坂や東京を往来する大名も播磨で長く滞在するのが常になっている。旅人や商人も播磨に入ると速度が遅くなり、播磨患いなどと言われていた。そのくらい播磨の食事は有名である。


 そんな播磨から高速輸送で鮮度抜群の活牡蠣が幸田邸に届けられた。こうして牡蠣三昧の夕食となったが、織田信孝、竹子、三法師、天丸、時丸、静姫、茶々など招かれている。 


 五徳、仙丸、初、江も加わっており、賑やかな宴となっていた。皆、大分前から集まり、茶など飲んでいる。比較的大人しい信孝でさえ今日はテンション高い。


 西国へ赴いた際、信孝は広之の牡蠣料理(夏の岩牡蠣)を堪能しており、楽しみにしていた。そして、いよいよ料理が出される。まず牡蠣と大根おろしのみぞれ葛煮、牡蠣の燻製。


 大人たちは皆、日本酒を所望。流石に幸田家での食事に慣れており、何が合うのか精通している。


「流石じゃな。この燻製は箸休めに良いのぅ。それに、この煮物ときたら、牡蠣の旨味が大根おろしに包まれ堪えられない味わいじゃ」


 信孝もご満悦である。牡蠣と大根おろしのみぞれ葛煮は焼いた牡蠣と昆布で出汁を取っており濃厚さと風味はまさに格別。


「確かに、この牡蠣は何と言う美味」


 竹子がそう言いつつ五徳をちらっと見る。


「こればかりは岐阜や岡崎で食べたことござりませぬ」


 五徳が先手を打ってつまらぬそうに答えた。


「儂らだって神戸城に住んでる時、牡蠣なんぞ食ったこと無かろう」

 

 信孝が笑いながら竹子をからかう。


「しかし、最初にこれとは先が恐ろしいですなぁ」


 茶々たち浅井三姉妹はこれが序の口だと読んでおり酒はやや抑えめにしている。


 広之は基本的に居酒屋スタイルなので、あまり順番などにはこだわらぬ方だが、それでもメインはいきなり出さない。


「さてさて、皆様方お味は如何でしょうかな」


 そう言いつつ広之が部屋に入ってくる。お初や室女中が一緒に料理を持ってきた。


 牡蠣の酒蒸し、牡蠣のおろしポン酢だった、


「お口直しに少し、あっさりしたものをお召し上がりくだされ」


「ほう、これは酒で蒸してあるな。どれどれ、うむ牡蠣の豊かな味わいと磯の風味が酒で引き立っている」


 信孝はいつになく饒舌だ。


「こちらの酢の物も美味なこと」

 

 初も実に笑顔がこぼれている。


「そなたは、いつになったら嫁に行かれるつもりじゃ」


「御台様、それは殺生な。田舎の大名に嫁ぐなら一生この屋敷に居ります。のう於江」


「姉上の申す通りです。よほどの事が無ければ嫁は嫌でございます」


「これは困ったのぅ。まあよい。好きに致せ。無理に嫁へ出すつもりはない。左衛門はおなごにことのほか寛容じゃからな。いずれ幕府にはおなごも登用させるべし、などと言ってるくらいでなぁ」


「2人共、幕府に出仕なされるがよかろう。そうじゃなぁ、お毒見なぞ、如何じゃ」


「御台様、私共は殿中のお食事物は口に合いませぬゆえ、幸田家のお毒見で結構にてごさります」


「初にも困ったものじゃ。左衛門に任せる」


「はっ、御意にござる」


 信孝も苦笑しながら諦めた。茶々が伊達政宗へ嫁いだ時は米沢に行かず、幸田家への自由な出入りを条件としていた。


 そして囲炉裏の準備がされ焼牡蠣となった。軽く出汁を注ぎ、仕上げに醤油の香りが堪えられない。皆、一斉に酒を飲むペースが進む。いくら牡蠣を焼いても間に合わないほどだ。


 さらに牡蠣の土手鍋が囲炉裏に置かれた。難波葱と豆腐、さらに大量の牡蠣。


「牡蠣と味噌がこれほど合うとはのう。豆腐と葱も牡蠣の出汁を吸い、何と見事な味わい。妾もこの屋敷に住みたいものじゃ」


 竹子も牡蠣の虜となっている。

 

 最後に牡蠣めしが出てきた。量は少なめだ。


「左衛門殿、2杯目は昆布茶を掛けるのでござろう」


 五徳が完全に読み切っている。


「流石、夫婦じゃ。儂も茶だと思ったがな」


「昆布茶で間違いありまぬ」


 こうして牡蠣三昧の宴は大好評のうち終わった。

 




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