第189話 幸田広之、現代に戻る②
幸田広之はタワマンのリビングにあるソファで目が覚めた。ミステリー雑誌シャンバラの編集長犬神霊時の自宅だ。中堅出版社の給与で住めるような物件ではない。
犬神の祖父大吉は戦後に相場や不動産で儲けた風雲児系の人物だ。しかし、犬神が小学校低学年の頃、バブルが崩壊。築いた財産の多くを失ったが、死守した不動産物件だけでも犬神家(犬神は本名でない)は左団扇なほど豊かだった。
広之が知る限り、若手編集者時代の犬神は祖母から毎月300万円の小遣いを貰っていた。他にも家族カードを使えるので金銭で苦労したことがない。
犬神の自宅は仲間内で犬神ハウスと呼ばれている。広之にとって久々の現代といっても買って知ったる犬神ハウスであり、熟睡できた。起きるとコーラZEROを興奮気味に飲む。そして寝る前に犬神霊時から渡された予備のスマホで色々検索する。
しばらくして犬神が起き、デリバリーサービスで朝マックを注文。久しく珈琲は飲んでいないので感動ものだ。そしてマックグリドルとナゲットも再び食べれるとは思わなかった。
「おいおい幸田君、まるで長期服役から出所したばかりみたいだな。ところで向こうはまともなもの食べれるのか」
「ある意味では現代以上ですね。一応、上級国民どころの話じゃないから最高の物が食べれます。米は天日乾燥だし、何でも手作り。これからの時期は若狭から運ばれてくる塩鰤、塩鯖、塩引き鮭とか最高ですよ」
「ああ鯖街道だろ。馬に揺られて程よく味が馴染むみたいな」
「他にも欧州から職人呼んでチーズやワインも作らせていますよ」
「もしかしてマルゲリータやナポリタンとか作っているとか」
「もちのろんすけ」
「食えないのって何?」
「牛肉はまだ食ってないですね。品種改良は試みてますけど、豚や鶏と違い時間掛かるし。そろそろ試したいけど、あの時代の人にはやはり抵抗感ありそう」
「あとアイスは絶対食えないだろ。サーティワンもデリバリーで頼めるから食べないとだな。何好きだった?」
「トリプルならジャモカ、ロッキーロード、ストロベリーチーズケーキで」
「甘いもん好きだったもんな。ビアパパやミスドもデリバリー出来るし。まとめて食っておけよ。で、今日は何食おうかね……」
「めちゃくちゃ迷うでしょ。でも犬神さん金持ちだし、甘えて游玄亭とか」
「いや迷ってないだろ……。しかし、そうなるよな。俺は会社に行くけど、その間298と外へ出なよ。後で、あいつユニクロやABCマートで服や靴買ってくるからさ」
「じゃあ、それまで調べものしておきますけど、犬神さんの知り合いで鉄鋼会社の人居たじゃないですか。江戸時代の初期にアームストロング砲作るための方法をナルハヤでまとめてもらう事出来ますかね」
「適当にいってやってもらうわ。いまどんくらいのレベルなの」
「反射炉あって高炉の実験中ですね。コークスもあるし。それでも、まだ青銅製の大砲作るのが精一杯でカロネード砲を主力にしてます」
「ああ、薄くて砲身短いやつな。距離出ないけど破壊力あるんだろ」
「ええ、遼東や北京攻めた時も大活躍してます」
「そんな事してるのかよ。ほぼ世界制覇路線だな……」
「既にオスマン・トルコと条約結んでますし」
「流石に未来の知識使うとエグイな」
「とことん、やりますよ。戻る時には、世界の鉱山地図と種も大量に持って帰りますんで。あっ、種といえば冷害に強い米の種籾もよろしく」
「おいおい、転生・転移系の小説ならチートにも程あるって読者怒るぞ」
犬神が出て行った後、広之はデスクトップPCで検索しまくった。大砲、銃、帆船、農業、漁業、紡績機、貨幣、金融、医学、健康、法律、暖房、戦史、歴史、政治、行政等、調べてはプリントアウトする。
さらに、買い物が出来るよう設定されたパッドも渡されており、片っ端から種を発注した。大根、蕪、玉葱、長葱、人参、牛蒡、とうもろこし、ヤングコーン、唐辛子、ししとう、胡瓜、茄子、オクラ、さやえんどう、いんげん、白菜、青梗菜、キャベツ、じゃが芋、南瓜、さつま芋、トマト、ピーマン、パプリカ、ズッキーニ、ビーツ、大豆(丹波黒大粒)、苦瓜、ブロッコリー、カリフラワー、ほうれん草、小松菜、水菜、にんにく、生姜、ハーブ類、春菊、レタス類など購入。
果実は、シベリアガンコウラン、ベリー類、パパイア、西瓜、グアバ、キウイ、メロン、イチゴ、レモン、ぶどう、りんご、オレンジ、みかん、桃、柿などである。
取り憑かれたようにポチってると、肉山298と鬼墓亜衣子が訪ねてきた。肉山は服と靴、鬼墓はコンビニで買ってきた食べ物を抱えている。
広之はシャワーを浴び、服に着替える。洗いっぱなしの髪を見た298がヘアサロンでも行ったらなどという。しかし、そんな事すれば戻った時、言い訳がつかないので却下だ。
広之はコンビニのスイーツを食べながら2人の質問に答える。圧倒的に茶々や福、あるいは羽柴秀吉、石田三成、徳川家康、伊達政宗についてが多い。織田信孝や丹羽長秀については一切聞かれないのだ。どれだけマイナーなんだ、と少し悲しい広之であった。
さらに、テレビの失踪者を捜せ、みたいな番組で取り上げられた事も聞かされる。早速、YouTubeで検索して視聴。仰々しいBGMと共に映し出される自分のチャラい感じの写真に苦笑する他ない。さらに視聴者情報のいい加減さ……。青森の食堂で見かけたとか、歌舞伎町のホテル街だの適当にも程がある。
ついでに自分の事を検索すると犬神が『幸田広之は神次元で生きている』などという著書も出してたようだ。どうも鬼墓のリーディングにより生存を確信して以降、推論で導き出したらしい。
神次元とやらに達した歴史上の人物を取り上げている。ナポレオン、ヒトラー、毛沢東、高杉晋作、チンギス・カン、アインシュタイン、始皇帝、イエス・キリスト、釈迦、孔子、ニュートン、アレクサンダー大王などだ。
昼前に犬神ハウスを出た3人は浅草や上野を散策し、総武線で新宿へ向かった。大型書店に入ると広之は地図、歴史書などを、大量購入。その後、漫画喫茶へ2時間ほど籠もる。漫画喫茶を出て、うな鐵という店に入り、鰻の串をつまみながら日本酒を軽く飲む。
現代に居る時は週1で通ってた店だ。変装という程ではないがドンキにて購入した帽子とサングラス着用。ちなみに鬼墓も有名人なので軽く変装している。お陰で気づかれることはない。さて、念願の肝、レバー、ひれ、くりから、白ばら、串巻きなどを堪能する。
しばらくして犬神から電話があり、トー横で待ち合わせる事になった。犬神が勤めるシャンバラ書店は新宿の明治通り沿いにあるのだ。シャンバラ書店は、これまで滅亡と入る書籍を10冊以上出している。
『1999年、地球滅亡の日』『キリスト降臨、人類滅亡と再生』『ポールシフトは必ず起きる。人類滅亡カウントダウン』『2012年、マヤ予言による地球滅亡』『パンゲア超大陸浮上と人類滅亡』『惑星ニビルの接近と人類滅亡』『ヒトラーのラストバタリオン降臨と人類滅亡の日』など五輪の開催と同じペースで発行。
トー横ヘ現れた犬神と合流し、游玄亭へ向かった。特選タン塩、特選すだれ肩ロース、特選カルビ焼、特選シャトーブリアン、上ハラミ、上ホルモンなどを堪能する。
この後も、犬神行きつけのダイニングバーで飲み続けるのであった。
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