第188話 幸田広之、現代に戻る①

 晩秋が深まった頃、幸田広之の体調がおかしかった。数日前から現代に居た頃の知人で最強霊能者こと鬼墓亜衣子が夢枕に立つのだ。数年前にも似た現象を経験している。


 夢にしてはあまりに鮮明だった。今回は、さらに鮮明で鬼墓の声が聞こえる。夢の中で広之は戦国時代の大阪に居ると訴えかけた。鬼墓は「必ず助ける」といって、そこで夢から覚めるのだ。


 鬼墓は意識を過去へ飛ばし、遺体が遺棄されてる場所を特定した事もあるので、そのたぐいなのかも知れない。そして、ある日の夜、寝ている時に事件が起きた。この日も鬼墓が夢の中で話しかけてくる。鬼墓が今から貴方をこちらに引き寄せますと言った次の瞬間、意識が途絶えた。


 体を揺すられてるようだ。「幸田君」「広之さん」「幸田氏」だの声が聞こえる。目を開くと見覚えるのある部屋だった。どう見ても知人の雑誌編集長犬神霊時の自宅だ。実家がかなり太い事もあり隅田川沿いのタワマンで優雅な暮らしをしている。現代に居た頃は入居以来、何度も泊まっていた。


 これは夢なのかと思いきや、犬神霊時、肉山298、鬼墓亜衣子の3人が居るではないか。どう考えても意識はある。


「ええっ……ここ犬神さんの家でしょ。あの世とかじゃなく……」


「幸田君、鬼墓さんが一時的に引き寄せたんだよ」


「一時的に?」


「そう、残念だけど幸田君の本籍はもうこの時代じゃない。鬼墓さんが長い年月掛けてリーディングした結果、座標というか居場所を突き止めた。そこから無理やり引っ張ってる」


「広之さん、ごめんなさいね。何とか引っ張る事は出来ても限界があるのよ。多分3日くらいだと思うわ」


「鬼墓さん、3日経つとまた戻るという事ですか」


「そう。細かい理屈はよくわからないけど、協力してくれた貴方の守護霊がそう言ってるわ。戻った時は消えた時間に戻るはずよ」


「犬神さん、俺が消えてから人体消失とか特段怪しい現象は起きてないかな」


「無いよ。歴史改変の事だろ」


 タイムトラベル物では過去の歴史を変えると未来に影響が出たりする。しかし、この理屈は少しおかしい。何故なら遡ったのが、1万年前で、本来死ぬはずの人を大量に助けた場合……。


 未来では数十万から数百万程、急に増えても良さそうなものだ。また歴史が変わった事により、建物が消えたり、増える可能性だってあるだろう。人だけ消失するというのは、ありそうな気もするが、全く理にかなってない。


 さらに親殺しのパラドックスという概念もある。例えばタイムトラベラーが過去に戻って、アダムとイヴを殺したとする。無論、タイムトラベラー自身も消えてしまう。しかし、過去に遡って存在が消えた場合、その先に存在した未来も消える。だとすれば、誰がアダムとイヴを殺すのか……という矛盾が通じてしまうのだ。


 映画、ターミネーターだとジョン・コナーの父親は過去で死ぬのに、その先の未来から訪れる。消えるはずの人間が消えない以上、サラ・コナーや科学者を殺して未来を変えられない可能性が高いといえる。


「それに俺は大阪城の二の丸内に居たはずだけど移動している」


 同じ場所で現在と過去を自由に往来する作品がある。問題としては地球は常に自転と公転するものだ。太陽系自体も公転しており、そもそも天の川銀河も動く。ならば、移動した瞬間、宇宙空間に放り出される事も理屈上あり得る。


 それが、数百km離れたタワマンの上層階に移動というのはタイムスリップとまた異なる概念が作用しているとしか考えられない。しかし、鬼墓はこれまで何度か瞬間移動を広之たちの前で行っている。ただし、体への負担が大きいため簡単には出来ない。


「幸田君、ゼロ・ポイント・フィールドみたいなもんじゃないのか……」


「何よ、それ」


 オカルト方面にあまり詳しくない肉山298が聞いた。


「アカシックレコードは聞いた事あるだろ。似たようなもんだけど少し違う。よくSFで宇宙人が全て意識を共有してるみたいなのあるじゃない。あれも似ている。波動情報がゼロ・ポイント・フィールドに蓄積されているというものなんだ。そこへアクセスすれば、あらゆる情報を引き出せる。過去に歴史を変えた偉人というのは意識の有無を問わずゼロ・ポイント・フィールドへアクセスしていた可能性は大いにあると思う。ゼロ・ポイント・フィールドは神々の領域であり、幸田君はかつてないレベルでシンクロした結果、時空を超えてしまった可能性がある。なので幸田君の飛んだ時代は幸田君自身と同じであり、現在とは繋がってないと考えたら辻褄合う」


「どう辻褄合うのか全く理解出来ないでござる」


「それはそうと幸田君、何年に居たの?」


「1592年10月25日。天正20年9月20日。織田幕府が天下を治めていますよ」


「信長、死ななかったの?」


「本能寺の変直前に飛んで岸和田城へ行き、織田信孝、丹羽長秀、蜂屋頼隆、自分の先祖と会って説明しました。しかし、間に合わず信長は討たれ、そのまま信孝軍は明智を破り、天下人に……」


「で、幸田氏は何してるでござるか?」


「織田家の家老と幕府の総裁をしているよ。徳川家へ嫁いだ五徳を嫁に貰い、浅井三姉妹も自分が面倒見ている。茶々は伊達政宗へ嫁いだ。春日局も養子になっているね」


「無茶苦茶、改変しまくってるな。そりゃ、直ぐに現代がどうなっているか心配するはずだ」


「幸田氏、身なり結構小綺麗だけど、昔の時代は衛生とかきつくないの?」


「初めはきつかったよ。でも家はサウナ完備しているし、石鹸も作ったから。ヘチマのたわしで側室や女中が垢こすってくれるし、キレイだよ」


「側室って何人?」 


「298君、食いつき凄いな。2人だよ。でも五徳が厳しいから家にとって必要な子種作る時以外はほぼ何も出来ないけど」


「いや、しかし、浅井三姉妹と春日局とか凄い取り合わせだよね。ところで娘はいま社会人になってるけど会うかい」


「いや辞めておきます。元気でやってるならそれで十分。また消えるの考えれば、諦めてもらったほうが……」


 その後、犬神はスマホで娘の画像を広之へ見せた。明日また集合する事になり鬼墓と肉山は帰路につく。そして広之も再び眠るのであった。


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