第275話 アンリ4世とフランス
西暦1594年冬。フランスのパリにあるルーヴル宮殿ではジャポン(日本。スペイン語やポルトガル語のJapon=ハポンと同じくJaponのフランス語読み)に関連する話でもちきりだった。
シーヌ(明国)やモンゴリ(モンゴル)との戦争に勝ったジャポンの大騎馬軍団(高い銃装備率)が幾つもの国を倒し、メルノア(黒海)へ到達しただけでも驚きでしかない。
その上、ルーシ(ロシア)の首都を陥落させたというのだ。実際に外交官や武官が従軍しているのだから疑う余地はない。さらに、イスパーニ(イスパニア)がジャポンから攻められ、海外領を全て失ったという噂が飛び交っている。
噂が事実であれば大陸の東西と新大陸を結ぶかつてない世界帝国の誕生だ。もはやテュルキ(トルコ)に現れた東方の国などではない。国家戦略の練り直しが必要なのは明白といえよう。
16世紀のフランスはハプスブルク家との抗争。あるいは宗教戦争に明け暮れた。意外だが、フランスが初めてアメリカ大陸へ到達したのは西暦1534年であり、セントローレンス川流域を探検するなどしている。
1562年から30年以上も費やしたユグノー戦争の最中、ヴァロワ朝が断絶。アンリ4世が即位してブルボン朝が成立する。アンリ4世は混乱を収拾するためカトリックに改宗。1598年、ナントの勅令を発し、内戦は終結。つまり、1594年時点において内戦はまだ終わっていない。
新たに国王となったアンリ4世下において、農業、工業、商業などが奨励され、租税も強化されるなど、国家の立て直しを行っている最中だ。
そんな時に、エジプトでワクワクの国と呼ばれていたジャポンの外交官脇坂安治から貿易の話を持ちかけられた。東洋からもたらされる貴重な品は喉から手が出る程、欲しい。こうして通商条約が結ばれる。
それ以後、ジャポンからは想像を絶する量の莫大な商品や金が持ち込まれた。船、服、靴、銃、大砲、弾丸、火薬、ワイン、石鹸、紙などだ。
また、昨年の3月にアンリ4世がイスパニアを打ち破ってパリへ入城した際、今後の財政援助について約束。さらに、イスパニアと大きな戦争をする時は必要な軍費を全て援助するとまでいわれていた。
一度、ジャポンへ外交団を派遣する話も検討されており、そんな矢先の話である。
「サリュスト公(マクシミリアン・ド・ベテューヌ)よ、ジャポネの件だが、貴公はどのように考える」
「なかなか外交に長けた国でございますな、陛下。信仰の自由を標榜しており、フィリップ2世(フェリペ2世)やイエズス会への嫌悪感は相当なもの。奴隷貿易、疫病対策への無配慮による原住民抹殺、植民地での伝導と布教、過度な異端審問、異教徒追放などについてモンゴリを凌駕する史上最大の愚行と糾弾しております。そのため、アブズブール家(ハプスブルク家と対立する我が国やペイバ(オランダ)、あるいはテュルキ(トルコ)と友好関係であり、理にかなったる外交戦略。欧州の情勢をよく理解しております」
「以前よりアングルテル(イングランド)もジャポンの噂を聞きつけておるが……。しかし、ジャポンが色良い返事をせぬ。理由が今になって分かった。アングルテルはイスパーニの船に対して私掠行為を国策として行っている。今後、イスパーニやポルテュガル(ポルトガル)に取って代わったジャポンへ同様の行為を行う可能性もあろう」
「ジャポンからの使者によれば来年の春頃、イスパーニの南から数万の兵を乗せた大艦隊が来るので寄港したいとの申し出。リュシへ従軍した者の伝えるところによれば、ジャポンの軍は統制がとれ、規律正しいとの事。略奪や強姦など一切行われてないそうです。これは我が国としてもまたとない僥倖でございましょう。オトリシュ(オーストリ)のアブズブール家はテュルキに攻められ虫の息。イスパーニの方も海外領土を全て失なっっとあれば没落は避けようなく、時間の問題。我が国にオランド(オランダ)とアングルテル、そしてジャポンの艦隊が加われば勝利は疑う余地無し」
「イスパーニの南から……という事になればポルテュガルも全て駆逐されているのだろう。もはやイスパーニとポルテュガルによる黄金の世紀も終わりが見えた。何としてでもアングルテルを加えねばならぬな。アングルテルに私掠を行わないよう説得せねば。アングルテルはイルランド(アイルランド)各地で抵抗を受けており、背後にイスパーニが暗躍している。アングルテルにもジャポンより金が落ちるよう仲介すれば私掠とどちらを取るか明白」
「新大陸を失ったフィリップ2世は激怒され、来春にも艦隊を派遣すると豪語しているとの事。されど商人からは相手にされず、何度目かの破産も確実……」
「今回の破産は過去にくらべても大きくなるという。恐らく致命傷となろう。それでもイスパーニの影響力は侮れん。国内の親イスパーニ勢力が騒ぐかも知れぬ。そうならぬよう、リュシにおけるジャポンの勝利、正教会への保護と援助、またジャポンには沢山の旧教徒も居り、迫害を受ける事なく暮らしている事など国中へ伝えねばな……」
「陛下、ご賢明なる判断でございます。さっそくパリで活動しているジャポンの外交官へ仏蘭英日による軍事同盟の締結を打診いたしましょう」
「軍資金の援助も忘れるでないぞ。神聖ビザンツ帝国内の新教徒寄り諸侯にも根回しせよ。それと、以前よりジャポンから頼まれていた画家の件だが、早急に何とかせねば、な。これまで20人程送ってるが、全く足りぬといってきておるそうじゃ。とりあえず300人程送ってくれ。賃金と待遇は良いらしいから悪い話でなかろう。絵描きなら各地へ旅も出来て良いではないか」
「医者や学者、大工、鍛冶、石工も欲しいといっておりますな。併せて何とかいたしましょう」
フェリペ2世の敵は多く、こうしてフランスも旗手色を鮮明にしつつあった。
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