第310話 近衛前久の孫娘太郎姫②
太郎姫と福は書庫で様々な本を読んでいた。ここには巷に出回らない本や限定本なども多数ある。武士や公家の間で流行ってるのはマキャベリの君主論と戦術論だ。
ニッコロ・マキャベリは西暦1527年に亡くなったフィレンツェ共和国の外交官である。日本語訳を現代で竹原元教授が筆ペンにて和紙へ書き、それを幸田家が修正したものだ。
原本はイタリア語で、日本に持ち込まれた物をイタリア人が読み上げ、それを日本人が日本語で書き記したという事になっている。
マキャベリが生きた時代はルネサンス期であり、戦争の仕方も大幅に進化した。いわゆる鉄砲や大砲が実戦で本格運用されたのも、この時代だ。よって、五稜郭などで知られる星形要塞も登場している。
イタリアで花開いたルネサンスは戦火によって、さらに進化を深めた。そもそも、ルネサンスはビザンツ帝国(東ローマ帝国)滅亡により、オリエントやアジアの知識や技術がイタリア半島へ流入した結果、大きな影響を受けている。
イタリア国内でもメディチ家が支配するフィレンツェ共和国はこんにち芸術の都と称されており、影響は絶大だ。メディチ家はダ・ヴィンチやミケランジェロのパトロンでもあった。
メディチ家は名前の通り元々は医師か薬種問屋の家系と思われるが、金融業で大成功する。そしてローマ教皇庁の財政管理なども行う。
しかし、フランスとイスパニアによるイタリア戦争で翻弄された挙げ句、フィレンツェ共和国は崩壊。そして、トスカーナ大公国となる。トスカーナ大公国はメディチ家の傍系が支配した。
現在西暦1595年だが、1605年にローマ教皇となるレオ11世の本名はアレッサンドロ・オッタヴィアーノ・デ・メディチ……。すなわち、メデイチ家の者だ。
レオ11世の前はピウス5世、ピウス4世、クレメンス7世、レオ10世などがメディチ家出身であり、16世紀に4人も居る。どれだけの財力や権勢を誇ったか一目瞭然であろう。
そして、問題はフランス国王アンリ4世の第2后であるマリー・ド・メディシス(イタリアではマリア・デ・メディチ)だ。マリーはメディチ家出身でアンリ4世とブルボン朝の祖を築く。そこまではいい。
マリーはアンリ4世の死後、幼い後継者であるルイ13世を補佐し(摂政)、実権を掌握。アンリ4世は新教贔屓ではあるが国家運営上、カトリックとの融和を図っていた。
しかし、実権を握ったマリーは本来政敵であったオーストリア・ハプスブルク家から王妃を迎える。ルイ13世を皮切りに4代続けてオーストリア・ハプスブルク家から王妃を迎え入れたが、その最後となったのはルイ16世王妃で、処刑台に消えたマリー・アントワネットだ。
そもそも、アンリ4世は狂信的カトリックに暗殺されてこの世を去っている。浮かばれないとはまさにこの事であろう。しかし、マリー・ド・メディシスが諸悪の権現かといえば、道筋を作ったのは西暦1559年に他界したフランス国王アンリ2世王妃カトリーヌ・ド・メディシス(イタリア名カテリーナ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ)かも知れない。
カトリーヌ・ド・メディシスが嫁ぐ時、メディチ家から料理人を連れて行った。これが、現在知られるフランス料理のルーツといわれている。
このカトリーヌ・ド・メディシスもマリー・ド・メディシスと同じくアンリ2世が亡くなった後、幼いシャルル9世の摂政となり、およそ30年も国政を支配した。
ちなみに彼女の父であるウルビーノ公ロレンツォはマキャベリが君主論を献上した人物である。カトリーヌ・ド・メディシスはフランス料理に大きな貢献をしただけでなく、文化・芸術方面でもパトロンとして君臨した。
こうして、フランス・ルネサンスは絶頂期を謳歌。単刀直入にいえばフランス王家はメディチ家に侵食されており、その後はハプスブルク家に食い込まれてしまう。
無論、広之はハプスブルク家とメディチ家を、警戒していた。そのためトスカーナ大公国については共和体制を求めず、時間を掛け、衰退させる方針だ。
しかし、そのような方針とは裏腹にアンリ4世へメディチ家は猛烈な勢いでアプローチしていた。マリー・ド・メディシスは20歳(満)であり、まだ結婚してない。
史実ではアンリ4世が仮面夫婦状態だった王妃のマルグリット・ド・ヴァロワと離婚するのは西暦1599年の事。このマルグリット・ド・ヴァロワはアンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの娘であり、メディチ家の血筋に他ならない。
そして、女癖が悪く浪費家のアンリ4世は国家財政が乏しくなるやメディチ家に目を付ける。マリー・ド・メディシスへ求愛し、結婚するが、彼女の持参金目当てだ。
しかし、改変された現在において、フランス経済は絶好調であり、アンリ4世は長秀から多額の小遣いを貰い、フレール・ゴローザ(この場合は五郎左兄さん)などと呼んで懐いている。つまり、金には困ってない。
それでもメディチ家はカトリック排撃ではなく宗教の自由と融和を標榜する幕府へ食い込むためアンリ4世を狙い続けている。長秀たちは欧州の政略結婚に極力介入せず、把握だけするよう通達されているため、頭を悩ませていた。
さて、幸田家の書庫で太郎姫は福に勧められた本を読み耽った後、申の刻茶へ参加した。抹茶ラテと
夕方を迎えたところ、まだ大坂に滞在していた嶋子、梶(英勝院)、松姫、菊姫、貞姫、小督姫、香具姫の7人が訪れた。この間、あまりにも後味悪かったので、広之が改めて招いたのである。
果たして、どうなるのであろうか……。
※第311話「太郎姫対嶋子」へ続く。
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