第332話 織田信孝、現代へ行く⑤

 昼前に、犬神ハウスを出た織田信孝、幸田広之、犬神霊時の3人は浅草見物をしつつ、すき焼きの老舗である今半別館へ入った。昨日、信孝は焼肉を食べてことのほか気に入ってたので、牛肉も問題無しと判断した結果だ。


 近江牛のセットを3人前注文し、セッティングされる。幸田家の宴で鶏すき焼き鍋を何度か体験している信孝にとってはあまり違和感がない。


「ほぉ、これは左衛門の屋敷で食した鶏のやつと同じであるな。鶏が牛になっただけであろう」


「仰せの通りでございます」


 肉を焼いている仲居が会話を聞き、怪訝な顔をした……。ある程度、肉に火を通し、仲居は個室を出て行く。3人はあらかじめ卵を溶き、用意万端である。広之が肉を取り分けた。


「さあ、上様。お召し上がりくださいませ」


「うむ……。何と、溶けるように肉が柔らかい。味加減も程よく、卵が実に良いのぉ。卵がある事で、幾重にも美味さも増している。左衛門、牛がこれ程美味なら向こうでも出してもよかろう」


「長い年月を掛け、優れた種を重ね合わせております」


「また、それであるか……」


「牛は本来ここまで柔らかいものではございませぬ。今、各地より選び抜いた牛を育ててます。鶏や豚のようには行きませぬゆえ、まだ時を要するか、と」


「承知じゃ。気長に待つとしよう」


 広之は火の通った野菜を信孝へ差し出す。


「これも良い。誠に美味であるな。酒と合うであろう。何故、酒を出さぬ」


「はっ、この後、泥鰌の名店へ案内いたしたく、酒はそちらでご用意させて頂きます」


「泥鰌……。此方で、わざわざ食さねばならぬのか」


「向こうでは、泥鰌のどぜう鍋、鰻の蒲焼き、握り寿司を東京の名物料理といたしたく、伏せております」

 

 こうして、腹八分目で今半別館を出た3人は駒形どぜうと並ぶ有名店の飯田屋へ入店した。骨抜きもあるが、広之は迷わず丸を注文。出てきたどぜうはかなりグロテスクでインパクトがある。


 大量の葱をのせて、しんなりしたところで、広之が取り分けた。七味と山椒を振り掛け、そして食べる。


「泥鰌とは思えぬ。臭みもなく、骨も気にならぬのぉ。これは精がつきそうじゃ」


 1匹口にした信孝は、ビールを飲み干す。どぜうには日本酒が合いそうなイメージだ。しかし、泥鰌の野性味にビールの苦みが合うのである。


「犬神さん、飯田屋のどぜうなんて久し振りですよ」


「まあ、俺もそんなに食わないからなぁ。夏になると

食わなきゃなという感じだけど」


「そんなもんですよね」


「此方には美味なる物が山程あるからのぉ。しかし、左衛門よ、このどぜう鍋は向こうでも流行るであろう」


「然様でございましょう」


 どぜう鍋は替え玉のように追加注文を鍋に入れてくれる。量が多いように思えても、結構食べれてしまう。何皿かお替りした後、勘定になったが、紙幣について信孝は疑問を口にする。


「左衛門よ、我らの知る武将は誰か居るのか」


「残念ながら居りませぬ。向こうより、古き世の人物であれば、菅原道真公、藤原鎌足公、日本武尊公、聖徳太子、神功皇后など居ります」


「儂や父上は後世(改変後の)いかがであろうか」


「上様はあり得ますな。他には近衛様(前久)や角倉殿など」


「それにしても、足利尊氏公や源頼朝公あたりさえ居ないのは寂しいのぉ。テレビとやらで頭のおかしな評論家などという怪し気な者が偉そうな戯言を抜かしておった。そやつの口振りでは戦や武人は悪しき者といわんばかりじゃったな。もしや、武人が忌み嫌われておるのではないか」


「上様、流石のご彗眼でございます。この国の者は先の戦争で大敗して以降、口を開けば平和などと抜かし、武人である自衛隊員を蔑ろにいたしております。そやつらは異国に媚びうる間者か邪教徒のたぐいでして、何れにしろ頭が逝かれており、付ける薬もない有り様……」


「犬神よ、やはり儂の睨んだ通りであるな」


 その後、3人は歩いてかっぱ橋道具街を越え、上野へ出た。上野の山を散策し、博物館など見て回る。


「上様、あそこに小塚原の通っている大学がございます」


「犬神、今大学とゆうたな……。おなごなのに学問を究めんとしておるのか。なかなか見上げたものじゃな」


 さらに3人はアメ横を散策し、御徒町を通り越す。そして、秋葉原まで歩いてきた。無論、コンカフェやアニマルカフェなどへ入店し、信孝は目を丸くする。


 その後、秋葉原駅から電車に乗って、中野へ向かった。中野ブロードウェイを見て回り、暗くなった頃、例のダイニングバーへ入る。既に肉山298、小塚原刑子、竹原が飲んでいた。3人ともギネスビールを飲んでいる。


「犬神氏、最近拙者の監修したサンデーローストが今日はあるでござるよ」


「じゃ、サタデーだけどサンデーローストとフィッシュ&チップスにカレンスキンクで行こうか。無論、我々もギネスで……」


「上様、イングランド、スコットランド、アイルランドの名物でございます」


「左衛門よ、肉山たちの飲んでおるものは何じゃ」


「あれもビールでございます」


「ほぉ、儂もあれが飲みたいのぉ」


「犬神殿が既に注文されております。黒ビールと申しますが、最も美味いのはアイルランドのギネスで、堪らぬ味わい」


 こうして、出てきたギネスを飲んだ信孝は唸った。


「この黒ビールの味わい……。後、3杯くらいは飲めるぞ。無くならぬであろうな、犬神」


「ご心配無用でございます」


 しばらくして、料理が出てきた。サンデーローストはローストビーフがメインだが、ほぼステーキ並みの厚さである。他に、マッシュポテト、グリンピース、ブロッコリー、ヨークシャープディングなど、かなりのボリュームだ。


 カレンスキンクは鱈の燻製やじゃが芋を使ったスコットランドのスープである。牛乳やクリーム、マッシュポテトなどが入り濃厚だ。本来はパンと一緒に食べるが、パン抜きとなっている。


「この汁も実に美味である。米と一緒でも良いのぉ。また、肉も上出来じゃ。魚の天ぷらも格別。左衛門、これならば牛以外は作れるであろう」 


「はっ、作ってご覧に入れましょう」


「それにしても、黒ビールが良く合う」


 こうして、信孝は上機嫌で英国風の食事を堪能するのであった。




 



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