第200話 天正20年の忘年会

 今年のクリスマスも無事に終わり、幸田家恒例の忘年会となった。家中の者は1年でもっともご馳走が食べれる日とあって、楽しみにしている。今回、いつもより張り切っていた者がいた。怪談話に掛けては天下一と呼び声の高い猪名川だ。


 猪名川の先祖は摂津源氏の本拠地、多田荘の地侍である。父は塩川氏の家臣だったが同僚の讒言により暗殺。幼かった猪名川は母に連れられ丹波へ逃げ、波多野氏家臣の森川弥兵衛(架空)と再婚。


 その後、波多野氏家臣となるが、主君は明智光秀に攻められ降伏(降伏というか家臣の裏切りで拘束された可能性が高い)。安土へ送られ、磔にされた。


 猪名川はその後、明智光秀の家臣となったのだ。なかなかに波乱万丈の人生を送っている。意外な一面としては武芸の達人でもあった。


 猪名川は秋頃に広之から呼ばれ、忘年会の事を告げられる。怖すぎるが故に好きな者だけの参加であった。しかし、今年からはまた元に戻すので、遠慮なく話せ、と念を押されたのだ。そこで、あえて自分の背景に触れる話を披露する。


 本当は明智家時代の事はあまり人へいいたくない。何しろ五徳の父である織田信長は光秀の謀反で亡くなっている。また、幸田家の養子となった福(春日局)の事もあった。


 さらに遡って因縁ある塩川氏の存在だ。何故なら三法師の母は塩川長満の娘だったりする(諸説ある)。長満の娘は他にも居て、池田恒興の後を継いだ池田元助へ嫁いでいた。


 しかも、長満は池田家の与力となったが、国替え後は摂津で織田家の直臣として2万石の知行を受けている。2万石ともなれば、織田家の重臣といって差し支えない。さらに長満にとって三法師は孫にあたるのだ(長満は既に他界し、養子が相続)。


 三法師の母である鈴は岐阜や安土に居る頃はかなりの権勢だった。だが、大坂に来てからは、竹子と対立したのも災いし、今では三法師と会う事も許されてない。織田家の行事からも完全に外されている。


 織田信孝と竹子の復縁までは奥御殿に鈴率いる塩川派がそれなりの力を保持していた。竹子が実子を産んでから、鈴は完全に失脚。現在では奥御殿を追われ、二の丸内の屋敷にひっそり暮らしていた。竹子は幸田邸へ往来する際、いつも遠回りして鈴の屋敷前を騒がしく通過する。


 この日、幸田家では朝から食事の用意など慌ただしかった。刺し身、筑前煮、焼鳥、鶏の唐揚げ、酒粕呉汁、おでん、鰤大根、塩鯖焼き、東坡肉、脆皮焼肉、棒鯖寿司、栃尾揚げ、五平餅、田楽など次々と仕込まれていく。


 そんな最中、広之が一同を集め、今回の趣旨を説明した。


「皆の者、今日は日頃の疲れを癒やしてくれ。好きなだけ飲み食いしてくれて構わなぬ。それとだな、恒例となっておる猪名川の話じゃが、今回は趣向を変える。ただ、怖いというのではなく、背景を含めた話しとなるようじゃ。儂が許した。色々、差し障りもあるが、大目に見て欲しい」


 こうして、猪名川の独演会が始まったのである。


「ええっ、私は摂津の生まれなんですがね……。多田荘というのがあって、摂津源氏発祥の地でもあります。私の家は吹けば飛ぶような地侍で塩川様のご家来だったのですが、父の代に色々ございました。その頃、塩川氏は細川京兆家17代当主で室町幕府管領の晴元公に攻められたり、ある時は三好長慶公に従うなど多難な時期でございます。まあ、当時の畿内は目まぐるしく情勢が変わりまして、どうも父は使者などを務めておったようなのですが敵方に通じたとの嫌疑で討たれてしまいました」


 いつもと感じが異なり、一同戸惑いつつも話へ食い入る。  


「まだ小さかった私は小者に背負われ母の姉が居る丹波の国へ行ったわけです。やがて母は波多野氏の家臣へ嫁ぎました。私は養父が亡くなると跡を継ぎ、馬廻りを務めたのです。先ずは、その頃の話をひとつ……。ある時、私の主君であった波多野秀治公が謀反を起こしたんですね。八上城に籠もって1年以上戦い続けたのですが、その最中不思議な事が色々ございました。天正6年の春過ぎから包囲されまして、秋になれば明智光秀公も撤退なさると思ってたのですが、とうとう冬を迎えたのです。ここで摂津有岡城の荒木村重公も謀反を起こし、何れは毛利も上がってくるのでは、と我々も張り切ったのも束の間。さらに包囲が厳重となり、年を越したあたりから次々と亡くなっていきました」


 飲酒をする者へ忖度する事なく猪名川は淡々と語る。


「2日にいちど薄い粥だけですから、体に力は入らないわけですよ。立ち上がるだけで目眩がしたり、息が乱れてしまう。朝、起きると隣の者が硬くなっている。そこまでは、まだいい。誰それが織田方に通じており寝返るのではないか。秀治公を捕らえて引き渡そうなんて話もございました。本当は隠している兵糧があるだの噂も飛び交い疑心暗鬼となっていく。人の本性というのが炙り出されてしまう。夜陰に紛れ逃げ出す者もおりましたな。そして夏となり、ある日の晩……。眠っていたら、夢枕に亡くなった父と母が居るんですよ。明日、この城は落ちる。この辺に居たらお前は死ぬ。殿様を守りそばから離れるなといわれまして、いよいよお迎えが来たのだろうなって思いました。そして、目が覚めると秀治公たちをお守りするため、奥の間を固めたのですが、織田方へ寝返った者たちは城門を開こうとして、味方同士で戦いがはじまり、降伏した者も明智の兵に切られてしまいました。私は秀治公と一緒に捕らわれの身となり安土へ送られ、そこで切腹を願い出ましたが、信長公より許され、後に斎藤利三公の仲介で明智家へご奉公したる次第。栄枯盛衰とは申しますが、命の儚さと人の醜さを思い知りました」


 落城を2度も経験した浅井三姉妹や兵糧攻めにあった者などは涙を流している。その後、猪名川は落ち武者の霊、幻の里、冬の山寺、龍神様の祟り、などの話を披露し、今年も健在であった。





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