第50話 活版印刷と広之
年末ではあるが幸田広之は新規召し抱えに忙殺されていた。何しろ織田信孝が征夷大将軍となり、その家中で家老(並)。
信孝家中からの売り込み(次男や三男)や牢人など、とにかく多い。浅井三姉妹を抱えており浅井家旧臣、さらに羽柴家、柴田家、明智家、筒井家の旧臣も居て、身元や経歴を洗うのも大変だ。
採用は結果的に近江、伊勢、大和の出身者が多い。そして広之が西国へ遠征する前に印刷方という部署を創設した。
それまで右筆役、書籍役、本草役、作事役などに銅活版印刷するための準備をさせていたが一応の目処は出来ている。活版印刷技術の発明者とされるグーテンベルクは1398年頃の生まれ。神聖ローマ帝国マインツ選帝侯領の出身。
史実だと日本最古の活字版印刷は慶長12年(西暦1607年)に徳川家康が駿府城に隠居後、銅活字で大蔵一覧11巻、群書治要47巻などを刊行したといわれる。いわゆる駿河版だ。
やはり法による秩序、知識、文化を広めるにはどうしても書籍や文書の大量生産が必要と判断した。活版印刷の原理自体は現代人の広之からすれば然程難しいものではない。出版関係の仕事を生業としていた関係で印刷の歴史に関する書籍も読んでいる。
図面上は問題ないレベルになり、広之不在の間、試作機も完成。現在改良している最中だ。あとは銅活字を大量に作るだけ。
大半は下級足軽程度の扱いにはなるが、他家と違い戦場へ行くこと無いし、俸禄も良い上、食事含めた福利厚生の充実は群を抜いてる。
将来的には著作権を管理した出版ビジネスも念頭に置いていた。幸田書房とでも名付けようか。
近衛前久著 流転関白風雲伝
織田信孝著 弌剣平天下
今川氏真著 駿河流蹴鞠術
徳川家康著 桶狭間の真実
本願寺顕如著 極楽浄土の勧め
足利義昭著 最後の将軍
千利休著 侘び寂びの極意
フロイス著 直ぐに話せるポルトガル語
太田牛一著 信長公記
羽柴秀吉著 成り上がり
山内一豊著 間違いだらけの馬選び
伊達輝宗著 伊達式政略結婚
柳生宗厳著 柳生新陰流入門
織田幕府において著作権や商標登録の侵害は極刑にしたい。あとは食生活の充実だが、九州に滞在している間、ポルトガルや明の商人に鶏、豚、乳牛、作物の種子や苗についても高く買うと言っておいた。
甜菜を作りたいのでビートも改めて念を押してある。タバコの葉についてもマニラでスペイン人と交渉し、欲しい旨、伝えるよう商人へ頼んだ。描いた絵を持たせている。
もし甜菜とタバコの栽培が出来れば幕府の税収に寄与するだろう。さらに先日のクリスマスで鶏が意外にも好評だったのでラーメンを作ろうか、と思う。鶏は今宮村の農家に委託してあるが、大増産を指示した。
まず実験せねばなるまい。残っている雄鶏のうち3羽を持ってこさせた。捌いてから毛を炙り削ぎ落とす。ガラを綺麗にし、軽く茹でる。それをまた洗って、弱火で4時間ほど灰汁を取りながら炊く。
その間、麺はかん水が無いので草や藁の灰汁で代用する。程よく黄色になった。幅広で薄目の麺だ。ガラスープとは別に魚介出汁を作る。鰹節、特製のアゴ(トビウオを干せば作れる)、煮干、昆布、干し椎茸、焼いた鯛などで、それなりに濃い。
味付けは、やはり特製の魚醤、醤油、塩、味醂、胡麻油、葱油。具は中がオレンジ色の味玉、鶏チャーシュー、葱だ。
五徳と浅井三姉妹も完食した。これでラーメン(日本の)も大坂が本場になってしまうのだろうか?
その翌日に年賀の挨拶で大坂へ来た角倉了以をもてなす。明らかに早い。信孝が将軍となったので商機を感じでいるはず。
来春予定の北条征伐へ仲間の商人と同行したいという。いずれにしろ江戸に上方の商品を招致するつもりだから手間省ける。
「御家老様、図面の件でござりますが、道具の改良も進み海岸を外れても測れるようなってまいりました。南蛮人に銭を積みましたさかい」
時代劇でよく見る悪代官と大黒屋みたいな感じだ。今回、同行している丹波屋仁兵衛(架空)は生野銀山に関わっている商人で灰吹き法も熟知している。了以の話から幕府による銅貨鋳造を察知しており、今回同行を申し出てきた。
「御家老様、南蛮の吹きについてござりますが、バテレンに銭を積み、詳しき者を呼び寄せる手筈を整えました。もうしばらくお待ち頂ければ、この丹波屋仁兵衛必ずやご期待に応えてお見せします」
菓子折りの下から小判が出てきそうな勢いである。
「それにしても南蛮ゆうてもいろいろむずかしゅうござりますな」
「そうでしょうな。南蛮人と言っても、南蛮から来ただけ。かの者たちの国は南蛮から1年以上は要するとか。それも沢山の国があり日本に来てるのは主にポルトガルとイスパニアの者。他にフランス、イングランド、オランダ、ローマ、ナポリ、デンマーク、オスマンなどあります。キリシタンも日本に来ているのはカトリックという宗派ですが、プロテスタントというのも居て互いに仲は良くない。またカトリックでも来てるのはイエズス会。これは主にポルトガル系。スペイン系はフランシスコ会やドミニコ会で今マニラに居ります。数年前、ポルトガルとスペインは一緒になりましたが」
「かような話、初めて聞き申した」
流石に丹波屋も驚いている。
「日本人は知らなすぎですな。まず相手を知らねばなりますまい。仮に商人が異国の地へ行ったら何をしますか、了以殿……」
「民の暮らしぶり、家屋、売っているもの、作物などを見て、言葉も覚えますな。いかなる銭をつこうとるのか。なにが幾らか。その土地の神様。食べ物。土地を支配する者……」
「その通りです。日本に来ているバテレンは国で博士のようなもの。今、了以殿が申されたようなことを全て行っており、あらゆる事を知っております。商売でいえばすでに負けたも同然。敵を知り己を知れば百戦危うからず、とは孫子の一節」
「誠に情けない話ですな。しかし御家老様の話は芯を突いておられる。毛嫌いせず、バテレンを招くなどして、よう話、よう見るべきでござりましょう」
丹波屋は後に南蛮吹きを確立。銅山開発と胴の精錬で莫大な利益を織田幕府にもたらし、自身も日本有数の大商人となる。
角倉了以も後に探索隊を率いて間宮海峡を渡り、角倉海峡と名付けられた。アムール川沿いに了以が築いた角倉府という町は後にやってきたロシア人からスミクラーノフと呼ばれたとか。
この日、了以と丹波屋は炉端焼きを堪能して帰った。
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