第109話 鉄板奉行幸田広之
寒さ厳しい時期だが、大坂城では祝賀ムードであった。織田信孝に実子としては5人目の子が生まれたのである。
静姫に続く女子であり、名は冬姫と名付けられた。現在、側室は督姫を含め3人だが、時丸と同じ母である。これで督姫以外の側室2人で3人産み、順調な結果といえた。
その頃、幸田広之は筑豊での炭田開発を幕府直轄と決定。さらに北海道の石狩炭田と釧路炭田を開発すべく雪解けに調査させる事とした。
もうひとつ朗報と言えるのはかねてより甜菜(ビートの砂糖用品種群)を作るため品種改良・育種を行っていたが、昨年収穫されたビートからほぼ甜菜といえるべきものを見出したのだ。
これまで大和、丹波、近江、播磨、越前、加賀、美濃などで栽培してきたが一昨年でもっとも甘みのあるビートを各地へ配り最終段階となっていた。
中華王朝における甜菜とは名こそ同じだが別物であるため、近江甜菜と名付け、関東で春から栽培させる。
これは豊かな畿内周辺でなく関東、奥羽、北海道を発展させるためであった。
幕府は磁器の御用窯を多数所有しており、煙草に続き近江甜菜からの砂糖、そしていずれは石炭も含め貴重な収入源と足り得る。
収入源といえば北海道では鰊漁や鱈漁が盛んとなり、アイヌも働いていた。現在、狩猟・鮭漁、採集だけで暮らすアイヌは年々減少している。
鰊を加工した身欠き、燻製、糠漬け、酢漬け、干し数の子等は日本海沿岸で人気となっていた。
甜菜栽培、鉱山作業、北国の漁業は体力を使う。そこで過酷な環境で働く重労働者向けの食事を色々と模索する広之であったが、やはりもっとも手っ取り早いのは鍋や汁。
鍋や汁については石狩鍋、三平汁、鮭のちゃんちゃん焼き、鶏ちゃんを世へ送り出した。ここは鉄板焼系統を何とか広めたいところ。
幸田邸においても鉄板焼は使うがあまり出番はない。そこで広之は鉄板料理を強化するつもりであった。
そして、ある日広之は信孝、丹羽長秀、幸田孝之、蜂屋頼隆、岡元良勝を招き、鉄板料理を振る舞う事となった次第だ。
「今日は面白い趣向じゃな」
「五郎左殿、それがしの居た世では鉄板は普通に使いますぞ。各家にもございます(ホットプレートの事)」
「それだけ鉄板を用いたうまい食い物があるわけじゃな……」
「上様、然様でございます。今回、出来る限り似たようなものをお作りいたしますので、お楽しみくだされ」
そう言いつつ広之は秋植え(収穫は冬)のじゃが芋(茹でたもの)とアブラギータが淡路島で作ったベーコンをバターを使い炒める。バターは器具を作り、幸田邸で作らせた。
「さあ、お召し上がりください」
「これはうまい。先程、何か白いものを入れてたのぉ。この風味はあれか?」
「五郎左殿、あれはバターと申し牛の乳をかき混ぜたもので。脂でありますが、風味がよろしく様々な料理に使います」
さらに広之は播磨より届いた牡蠣をバターで炒め日本酒を少し加えた。
「それもバターじゃな。しかし良い香りなれど牡蠣と合うものなのか?」
「上様、それは食べてのお楽しみでございます」
広之は九条葱を加えたあと、ほんの少し醤油を垂らした。あたり一面にバター、酒、醤油、牡蠣などのマリアージュした暴力的な香りが漂い食欲を刺激する。
差し出された牡蠣バター炒めを食べた一同は無言になった。
「如何でございましょうか」
「左衛門よ、これはあまりにもうまい。まさか牡蠣とバターがこれほど合うとは驚きじや」
「上様、まだ驚くのは早うございます。しばしお待ちくだされ」
広之はまたもやバターで牡蠣を炒めると、先程使った茹でたじゃが芋を加え、軽く日本酒を掛けるや、モッツァレラチーズを大量に投下した。悪魔的な香りが信孝たちを襲う。
「左衛門、その白い塊は前にも見たが、粘々するやつじゃな……」
「上様、これはチーズと申しやはり牛の乳で作ったものでごさいます。さあ、出来上がりましたぞ」
「先程の牡蠣より、さらにうまい。牡蠣から溢れ出す海の香りを、バターが引き出し、チーズによって一層強くなっておる」
驚嘆する信孝の横で長秀は酒が止まらなくなっていた。
「これを少し……」
広之は半分ほどとなったところで自家製のタバスコもどきを垂らす。
「唐辛子ですな。いくら、うまいとは言え、少し飽きかけましたが、この唐辛子で食欲が増しますな」
良勝は根が正直なので、あまりお世辞は言わない。結構鋭い事を言う。アクセントにあたる日本語が思い浮かばず説明出来ない広之であった。
さらに広之はバターで牡蠣を炒め、説いた卵を流し込み、モッツァレラチーズをのせた。出来上がりを切り分けて差し出した。
「牡蠣は卵と合うとは……。しかし、バターとチーズの恐ろしき事」
孝之は感心しきりに呟く。
その後も、鶏ちゃん(岐阜の郷土料理だがルーツは韓国のタッカルビと思われる)、豚のポークステーキ、豚バラ焼き、豚平焼き、烏賊焼き、焼き蛤、塩鰤のちゃんちゃん焼きなど、次々と出され大好評であった。
こうして、またもや禁断の扉が開かれた。
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