第213話 丹羽長秀、蒙古征伐へ向う
連日、最上級のラム肉を食べ、機嫌の良い丹羽長秀の下へ陳徳永が訪ねてきた。今回、陳徳永に同行する人物はいつになく多い。
「久し振りじゃな。此度は単に自分の商売がどうなってるか、確認するため、やってきたわけではあるまい……」
「察しが宜しいですな。蒙古の事でございますが、大興安嶺山脈東側が騒がしいと聞きました。冬営している蒙古を片っ端から潰されたとか」
「まあ、そんなところじゃな。冬場は移動することもなく、風を避けて山裾で暮らしておる。そこをトナカイのソリで訪ねるという寸法」
「連中は漢族の農民を襲うのは得意であっても冬籠りしてる間、狙われるのは慣れておりませぬ。ただ、降伏した者を殺さず馬を奪い、残りの家畜は全て殺すと聞きました」
「我が国は何かとうるさいからの」
「そこで献言いたしたく罷り越したる次第」
「申してみよ」
「我が山西省は黄河の水利に恵まれた豊かな土地。民は実直、堅実、勤勉で商いも盛ん。都が長安や洛陽にあった時代から栄えております。然るに、遡ること50年程前、蒙古トメト部出身のアルタン・ハーンが山西省へ襲来。罪もない民を20万人も殺戮し、家屋は焼き払らわれ、200万頭の家畜を奪い取られました」
「前にも聞いた話じゃな」
「然様。私の家は代々名のある商家でしたが蒙古によって没落いたしました。我が家に押し寄せた蒙古は父の見てる前で祖父母とまだ子供の叔母(父の姉と妹)2人を犯し、そのまま祖父母と叔母は殺され、子供だった父は不自由な体に……。このような話は山西省の至る所にございます」
「あやつらは、土地を治めて栄えさせるというより、奪い尽くすだけじゃからな。耐えかねた城や国が降伏すれば、また話は別にせよ、共存は出来ぬ」
「仰られる通りにてございます。山西省の民は蒙古への守りを担うため多大な負担に耐えてきました。昨年、寧夏で起きた哱拝の乱にしても副総兵上がりの哱拝は蒙古人。反乱を起こし寧夏へ蒙古兵を招き入れたのです。その際も哱拝により寧夏の女は蒙古へ差し出されました」
「よく分かった。それで、献言の本題は何じゃ」
「山西省の商人や有力者が集まって話した結果、日本による蒙古征伐へ協力すべし、と決しました。既に義勇兵の手配も済んでおり、およそ2万程の見込み。銭は全て山西商人が出します」
「それは良いとして明国の朝廷次第であろう」
「ご懸念無用。我ら山西商人は朝廷にも通じており、内閣大学士にも根回しは出来ております。皇帝陛下も賛同している次第。実の所申せば、私は山西商人の裏方。博打で申せば様子を見る時、両方へ賭けたりしますが、私の役割はそういうもの」
「つまり、お主は明国と結び、利を得ている山西商人が日本と懇意になるのは危ないから、送り込まれたという事じゃな」
「その通りでございます」
「それは、先刻承知じゃ。武家でも家を潰さぬため、ふたつに割るというのはある話でな。まあよい、具体的な要望を聞こう」
「日本軍が明国内の黄河を伝いアルタン・ハーンの後裔が治める呼和浩特へ進軍し、さらに一帯から蒙古を掃討して頂きたく存じます。日本軍が制圧した集落は山西義勇兵が片付けましょう」
「どのように片付けるかはあえて聞かぬ。大量の軍馬、駱駝、兵糧、冬場に耐えうる天幕が要る。銭は払う。用意出来るか」
「山西商人の力を存分にお見せいたしましょう」
「鉛の弾と砲弾は作れるかな。あと火薬も用意して欲しい」
「容易き事」
「チャハル部やハルハ部への見せしめとなろう。あやつらは数が多い。根絶やしとするには無理がある。少しづつ、領内へ城を築く。農民を送り込み、切り崩すつもりじゃ。農民も大量に必要じゃが集められるか?」
「それもお任せ下され」
「それとだな、蒙古領内へ踏み込めば毎日羊であろ。日本人に老肉(マトン)はいささか厳しい。美味く食べれぬものか。兵には出来る限り美味いものを食わしてやりたい」
「山西人は羊の扱いには長けておりますのでご心配無用。それと近衛前久様の件でございますが……」
「迷惑を掛けておるのか」
「私の手配で京杭大運河伝いに江南を訪れ戻ってまいりました。蒙古の話を北京や天津の幸田様、真田様、伊達様、近衛様にも話したところ先に洛陽見物や五台山詣でを行い、蒙古征伐の際は同行されたいと申しております」
「好きにさせてやってくれ。言い出したら止められぬ。用件は承知した。後は評定を開き、細かい事を決める」
その後、長秀は自ら総大将として遠征する事を決定。羽柴秀吉、前田利家、前田利益(慶次)、森長可、蒲生氏郷なども加わる。前田利家は幕府からの通達で正式に織田家直臣へ返り咲き、5万石の知行が与えられる旨、通達されていた。
こうして、およそ2万の軍勢は瀋陽を後にしたのである。
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