第211話 直江兼続の苦悩と遊牧民
沿海府長官の直江兼続は蒙古征伐について不満を少なからず抱いている。降伏した者を直接殺さぬが、やってる事は撫で斬りと大差ない。上杉家にしても城を囲み城下を焼き払ったり、乱妨取りの類いは状況にもよるが、当然していた。戦国の世では常套手段である。
兼続が大坂城へ行った際、幕府総裁の幸田広之から遊牧民とは如何なるものか話を聞いた。明国の北辺から欧州へ至る広大な草原地帯があり、遊牧民は大集団化すれば自由に往来するという。簡単に分解出来る家と生きた食料を持ち、何年だろうと遠征が可能であり、古来より幾多の遊牧民国家が存在したそうだ。
柔然、突厥、回鶻、蒙古、烏孫、匈奴、康居、月氏、遼、東胡、契丹、鮮卑、烏丸、クシャーナ、エフタル、フン、カラハ、パルティア、セルジューク、ティムール、アケメネス、イルハン、スキタイ、キプチャク、ハザール……。
彼らは基本的に馬、羊、山羊、牛、駱駝などを放牧しながら暮らしている。貿易に従事する事もあるが、力付くで奪う方向へ行く。農耕民の村や町を襲い全て奪ったり、破壊し尽くす。
50年前、山西省に侵攻した蒙古は20万人を殺し、200万頭の家畜を略奪。さらに8万軒を焼き払ったという。昔はもっと酷い。西方のホラズムという国を攻めた際、数百万人が殺され、宋に至っては30年間で5千万人から900万人まで減ったそうだ。
良い悪い別にして遊牧民が力を持つと必ず大規模な殺戮と略奪が置きてしまう。遊牧民にとっては必然であり、肉食獣が狩りをするのと同じだ。結果、遊牧民と農耕民が平和に共存するのは不可能。それが広之による結論であった。
遊牧民と戦う際は兵と民の区別が出来ぬ以上、必然的に凄惨な戦いとなってしまう。何かすれば、それ以上の報復を受けるという事を体で理解させる他ない。それが出来なければ、朽ち果てて貰うだけだ。
今回の侵攻では文永・弘安の役に対する報復、さらに友好国となった明国へ今後危害を加えられぬよう、潜在的脅威の排除……という大義名分が掲げられている。
政治宣伝でしかないが「山西省20万人市民の大虐殺を許すな」と兵士は言い含められていた。これは、とりもなおさず、相手はそれだけのことやってるのだから、何をしても良いと取れる。
かつての一向一揆との戦いに近い。日本国内において殺人を法度で禁じた程の人物が数億人の命と暮らしを守るため、蒙古の力を削ぐ事はやむを得ないといってるのだ。確かにそうなのだろう。
それでも兼続としては、出来れば沿海州に移住させ働いて貰うのが最良である、と考えている。しかし、広之は農民になる事を選ぶ蒙古人はまず居ないはずだといっていた。実際、その通りだ。
かつて織田家の将兵たちは、一向宗との戦いで、何万も焼き殺したという。比叡山を焼き討ちした事さえある。それでも現在は本願寺と和解している上、平和で豊な世を築いてるではないか。
彼らにも葛藤はあったはずだが、相応の答えを出した。ならば、自分とて織田家武将の役目を果たす他ない、と決意する兼続であった。ここ数日で1千近いゲルを潰している。
食料には事欠かない。そこで、ある日の食事を見てみよう。この日は、チャンサンマハ(羊の塩茹で)、ビャスラク(カッテージチーズ)、タラク(ヨーグルト)、アイラグ(馬乳酒)である。
食後にはアーロール(酸味の強い硬質チーズ)とウルム(バタークリーム状の乳製品)入りの茶だ。夕食は、ほぼ毎日同じ。昼は煙や匂いを出したくないので、馬乳酒(酔う程のアルコールでない)とチーズで済ませる。襲ったゲルに牛が居れば、牛乳を飲む事もあった。
毎日、同じで飽きそうなものだが、腹一杯食えるのは何よりだ。下手に香辛料が効いてるよりシンプルであり、馴れたら何ともない。羊は捨てる程の量だから乳を飲んでいる仔羊の雌を選ぶ。
毎日、様々な部位を食べ比べ美味い所を突き止めた。いわゆるラムチョップだ。背ロースの骨付きで、現代なら最高級部位である。これとモモ肉などを加えて茹でるのだ。癖は多少あるにせよ、臭みもなく、下手な豚肉が逆立ちしても勝てない。
食い物にうるさくない兼続でさえもこれは大変なご馳走だと気付いた。蒙古人たちは仔羊を食べる事などまずない。また栄養的にもラム肉は蛋白質の他、必須アミノ酸が豊富だ。
また、馬乳酒にはビタミンCが沢山含まれている。つまり、炭水化物を省きつつ、十分な蛋白質とビタミンが取れている他、ミネラルや脂質も取っており、申し分ない食事内容だといえよう。
いささか良心の咎める任務ではあるが、食事の面においてはかつてないほど優雅な遠征であり、多くの者は満足していた。
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