第314話 イエズス会の2人
幸田広之は幕府総裁としての役宅へアレッサンドロ・ヴァリニャーノとルイス・フロイスを呼び出していた。到着した2人は通され、茶と菓子が出される。少し経って広之が姿を現す。
「そのままでよい。もう時期、クリスマスであるな。そなたたちには、あまり良い報せではないが、一応伝えておきたい事があっての」
嫌な予感しかない、ヴァリニャーノとフロイスは互いの顔を見る。とても不安そうだ。
「ローマ教皇クレメンス8世殿の使者として数人の枢機卿、さらにイエズス会総長クラウディウス・アクアヴィヴァ殿の使者が来年、大坂へ参られる」
信じ難い話である。天変地異に近い。一体、何が起きてるのか、2人の顔から血の気が失せていく。
「一体、何のために教皇や総長の使者が大坂へ……」
ヴァリニャーノが単刀直入に尋ねる。
「日本、トルコ、モロッコ、フランス、イングランド、北ネーデルラント(オランダ)の連合軍はイスパニアと戦い、フェリペ2世は全ての王位を失った」
「つまり、イスパニアが敗北したと……」
虚ろな目でフロイスが口を開いた。
「イスパニアは当分、王位を置かず、上院(貴族院)と下院(庶民院)が作られ共和制となるようだ。ポルトガルはイングランドが占領しており、エリザベス1世殿が君主として副王が統治するであろう。また、ジブラルタルへ自由欧州同盟の本部が置かれる。同盟の盟主はエリザベス1世殿、副盟主はフランス国王アンリ4世殿でな……。現在、イスパニアは幕府軍の管轄下であり、上様の弟君三吉殿がイスパニア軍の統帥権を握っておられる。ミラノ、ナポリ、シチリアなども共和制になるはずじゃ」
「カトリックはどうなるのでしょうか」
「ヴァリニャーノ殿、心配無用じゃ。自由欧州同盟の憲章において信仰は自由である。イスパニアがイスラム教徒やユダヤ教徒へしたように棄教を強要はせぬ。それとなゴア、マラッカ、フィリピン、ヌエバ・エスパーニャ、ペルー、さらにインドからポルトガルに至る間のポルトガルが占領したる地は全て解放した。残念ながらインド、ホルムズ、アフリカなどのポルトガル人は全滅したとの報告を受けておる」
「殺したのですか」
フロイスが怒りの目を向ける。
「戦闘で死ぬのは仕方あるまい。ゴアの場合は安全な島へ避難させたが、怒り狂った異教徒の民が押し寄せたようでな。幕府軍が救出に向かった時は手遅れであったようじゃ。ホルムズについては占領した後、捕虜ごとペルシャへ引き渡したという。殺さぬよう頼んだらしいが、ペルシャは許さなかったという話である。アフリカも似たようなものじゃな。ヌエバ・エスパーニャとペルーだけは、何とか怒り狂った民たちから守っておる。安心いたせ」
ヴァリニャーノとフロイスが力無くうなだれる。つまり、イスパニアとポルトガルは海外の全てを失ったのだ。イエズス会にしてもアジアで活動してるのは日本のみである。
少し落ち着きを取り戻したヴァリニャーノは広之に時系列を確認した。イスパニア敗戦から半年程で一報が届いた事に驚愕する。船ならば1年半から2年近く掛かるはずだから格段に早い。
答えは遼東からカスピ海まで伝達ルートが構築されているというシンプルなものだ。しかし、そのルートはブハラ・ハン国など、獰猛な遊牧民が徘徊しており、危険地帯である。ルート上の国や集団を全て取り除いたと継げられ二の句が出かった。
「日本においては法度を守る限りイエズス会や他の教会も認める。ローマ教皇やイエズス会総長殿の使者が来られるというのは、そういう事じゃ」
「もうひとつ知りたい事がございます」
「フロイス殿、遠慮なく申せ」
「ロシアや北方はどうなっておりますか」
「モスクワから東は幕府が支配しておる。カザーク(コサック)たちも攻めており、ポーランド・リトアニアと少し揉めてるそうじゃ。国王のジグムント3世殿はイエズス会と懇意だと聞いておる。実家の方は熱心なルター派プロテスタントだというのに……。スウェーデンはイングランドを通じ自由欧州同盟へ関心を寄せているそうじゃな」
ヴァリニャーノとフロイスはもはや諦め顔だ。そもそも日本人がポーランド・リトアニアやスウェーデンを知っているだけでも普通とはいえない。
なのに、ジグムント3世とイエズス会の関係を知りつつ、スウェーデンがプロテスタント側で微妙な間柄とか、信じ難い程の知識だ。
この後も広之はウイニングランといわんばかりに、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティを熱く語りだした。まるでローマやフィレンツェに行ったとしか思えないくらいの臨場感で……。
旧約聖書へも精通しており、理解不能な程、知識があるという何ともいえない結論しか、ヴァリニャーノとフロイスの2人は導き出せなかった。
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