第106話 忘年会と大晦日

 クリスマスも無事終わり恒例の忘年会が行われた。今年はエドゥン、イルハ、福(春日局)も加わり賑やかさを増して、例年通り2日に分けての開催。


 ほぼ仕事は片付いており、忘年会から大晦日までは酒浸りの日々となる。作る料理の量が多いので女中たちも動員され、焼き物は中庭を使う。


 元旦も相応の料理が振る舞われるが儀式の側面が強く、膳に伝統的な料理が並ぶ。しかし、味の方はあまり重視されていない。


 それに比べると、忘年会の料理は量重視である。広之は福建省の披露宴を念頭に入れていた。福建省の村へ取材で訪れた際、披露宴が行われており、招かれた。


 山海の美味が狂ったような量で次々と運ばれてくる光景に驚嘆。どうせやるなら、是非再現したい。そう思っていた。


 家中で怪談を語らせたら随一の猪名川は宴会の本番前に行い、聞きたいものだけの自由参加となっている。


 昨年、あまりにも怖すぎるとクレームが多かったためだ。流石は一緒に夜道を歩きたくない同僚ランキング1位なだけある。


 本人は若干不満気だった。1年間、新たな話を仕込むため非番の日は曰くのある場所へ訪れたり、怖い話の収集に費やしてきたのだ。 


 そうはいっても、いざ本番となれば思う存分怖い話をするのであった。まずは耳なし芳一から始まる。怖い上、哀れみを誘う話であり大いに受けた。


 小泉八雲で知られるが、江戸時代に刊行された臥遊奇談に収録された話を典拠としていると思われる。


 広之が壇ノ浦を訪れた際、古老から聞いた話という事で猪名川に吹き込んだ。琵琶の演奏付きという洒落にならないクソ演出で、聞く者は恐怖した。


 他にも呪いの人形、呪いの面、呪いの井戸、血染めの天井、猫鳴峠、恐怖瓦版、斜め前の百太郎、怨霊祓いなど何れも怖い。呪いの井戸も広之が教えたものだ。


 病気の父を看病していた娘を医者が井戸に落として殺し、やがて怨念が書籍へ宿り、それを読んだ者は七日後に亡くなる。


 助かるには書籍を写本して他人へ読ませる他なく、最後は掛け軸の中から亡くなった娘が白装束で現れるという話だ。


 何故か部屋の隅で聞いていた福(春日局)も表情は崩さなかったが、書籍に呪われたらどうしよう、と内心怯えるのであった。


 そうこうしているうち本番となり、広之や五徳よりの挨拶が終ると、酒や料理が運びこまれる。


 淡路島の浜焼きでも好評だった鶏の炭火焼風、ハム、車海老の塩焼き、その他に鶏唐揚げ、鶏の五目煮、東坡肉、豚の揚げ肉、焼豚、芋煮、鰤大根、おでん、烏賊飯、ぼた餅などが続々と運ばれた。


 初参加の福にとっては見たことのない光景だ。初に焼酎を勧められ断るが、茶々にこれなら飲みやすいと蜂蜜杏子酒を渡されついひと口……。


 まさに未体験の領域である。何とか堅物の福を酔わせてみたいという誘惑に駆られた江はしきりに酌をしては飲ませた。  


 一方、福はもしかしたら江は広之がいうところの百合族で自分の事を好きなのでは、という妄想抱き、必死に葛藤していたのである。


 おでんや芋煮を食べては熱そうに悶えている福へここぞとばかり、執拗なほど杏子酒を差し出す江……。静かな応酬は続いた。


 その後、数時間無礼講の宴席が続き、ビンゴ大会も行なわれ無事に今年の忘年会は終了したのである。


 そして数日後、いよいよ大晦日を迎えた。屋敷で働いてる者へ広之と五徳直々に着物や履物の支給される。


 夜は家族とエドゥンやイルハ含めゆっくりと囲炉裏で炉端焼きを楽しむ。五平餅、田楽豆腐、塩引き鮭、塩鰤、塩鯖などが並ぶ。


 鶏や豚の殺生はすでに控えており、手に入る魚介類も限られているため幸田家にとっては質素だ。


 囲炉裏には湯豆腐もあった。ここでも熱い湯豆腐に悶える福へ酒を飲まそうと江は躍起である。


 最後は蕎麦が出され、食事は終わった。こうして激動の年は過ぎ去ってゆく。



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