第99話 幕府三大御用商人の決意
京の都では織田幕府における三大御用商人と目される茶屋四郎次郎、角倉了以、丹波屋仁兵衛の3人が了以の屋敷に集まっていた。
疲労のため養生していた了以は10日ほどの休養を経てようやく回復。そして真っ先に茶屋と丹波屋を呼んだのである。用件は来春の沿海州遠征に他ならない。大坂の幕府総裁幸田広之から使者が訪れ書状を渡されている。
決定したところによれば1万人規模で向かい1年間は開墾中心で街を作り、大規模な征伐は再来年以降だと記されていた。来春まで必要な物資が書いてある。要は優先する権利を得たも同然だ。有力大名と懇意な商人は他にも居る。
しかし了以の知る限り広之が決めて将軍が裁可。その後、各省や極一部だけにしか知らされないはず。各省、有力大名、大名のお抱え商人たちは個別にしか知る由もないだろう。恐らく全貌を知り得た商人は自分だけのはず。
そう考えた了以は同士とも言える茶屋と丹波屋には伝えることにした。茶屋と丹波屋にも個別の注文は来ているそうだか、互いに情報交換する必要もある。
「了以殿、お体の具合はもうよろしいのですかな。無理はお控えくだされ」
「仁兵衛殿、少し休んだら何ともございませぬ。ご心配無用」
「いや、それにしても北の果てから女直の王子と姫君をお連れするとは、この四郎次郎もまことに驚きもうした。流石は了以殿」
「四郎次郎殿、この了以転んでもただでは起きませぬぞ。お二人には土産も沢山ございます……」
そういうと了以は絵師に描かせたスメレンクル(ニヴフ)、ホジェン(ナナイ)、女直、アイヌの人々、家屋、舟、動植物や風景の絵。現地にある物、需要があると思われる物を書いた紙を見せられた。それぞれの生活ぶりや特徴も書いてある。
さらに北からの道中で羽柴家の家臣片桐直盛から聞いた情報も加えられていた。サハリンの南はアイヌ、北にスメレンクル。間から東側にオロッコ。
大陸の大河(黒竜江)下流にもスメレンクル。北西はヴェイェニン(ネギタール)、西へ行くとエヴェンキやオロチョン。大河を南に行くとマングーニ(ウリチ)。
さらに南へ行くとホジェン。ホジェンの東にオロチ。ホジェンの東南にキャカラ(ウデヘ)。ホジェンの住んでいる地域で大河は西に曲がり、南へ別の大河に分かれ、その先には女直。
大河下流域では犬ゾリを使い、犬は非常に価値が高く日本でいえば馬や牛に相当する。エヴェンキやオロッコは鹿ゾリを使う。そのような貴重な情報が書かれており、まるで宝の地図でも見るように茶屋と丹波屋は目を丸くした。
「仁兵衛殿、脈を調べては居らぬがどうも鉄などを産出してるように見えませんでしたな。羽柴家の方によればホジェンも簡単な打ち直しくらいしかしておらぬと聞きました」
「然様でございますか……。それは残念ですな。ただ見てみぬと何とも言えませぬ。それがしへ大納言様(広之)より来春の派兵に山師を送ってくれ、と使者が来ております」
「そうなると幕府も本気で開拓するつもりのようですな」
了以はそう言うと、いよいよ本題とばかりに塩、酒、油、茶、薬、蝋燭、魚、貂・イタチ・狐・狼の毛皮、鹿皮、犬など、3人で分担する話を切り出した。
「幕府も塩、油、茶などは沢山持って行きます。いくらあっても足りないでしょうな。塩は海岸で作れるとして、油も魚や海獣から取れます。茶は北海道で作っている地蕎麦の茶、そしてとうもろこし茶。これを持って行けばよろしいでしょ。酒もいずれは蕎麦やとうもろこしから作れるはず。そこで彼の地の民へ現地で作った塩、油、酒を売る。他にも米、麦、豆、醤油、砂糖、味噌、蝋燭、薬、煙草、犬など売り、毛皮と皮、そして朝鮮人参を手に入れます。取引する物が無ければ我らの農地、漁場、塩田、炭小屋、酒蔵などで働いてもらえば双方……」
「その話、大納言様は知って居られるのですかな……」
「四郎次郎殿、ご心配には及びませぬ。この事は元々大納言様が仰られた事。まずは現地の民へ沢山贈り物をして少しづつ量を減らす。そして毛皮や朝鮮人参を買い集め女直や明国へ流れないようにして干上がらせ……。明国より朱印状のような物を沢山貰い交易している女直の国があるそうで、そこを弱らせる。さらに明国が欲しがる昆布、干し鮑、煎海鼠、干し帆立貝柱、フカヒレ、薬などを流し銅銭や銀を吸い取る……」
茶屋と丹波屋は幸田広之の戦う前に勝つという持論通りの用意周到な計画に身の毛がよだつ思いであった。相手が気づかないうち全て外堀を埋め、自分の意志で動いてるように思っても実は動かされている。そして気付いた時は手遅れ。
敵に回したらこれほど恐ろしい人物は居ない。教養もあり好感のもてる人物であるが、底知れない知略智謀は天下無双とも言える。
かくして茶屋と丹波屋はそれぞれ番頭や手代を随行させ、互いの役割や線引を決めた。さらに幸田広之が届いた書状を見せる。
「秋田犬、北海道犬、馬、仔馬、仔豚、鶏、伝書鳩、蜂、米、餅米、麦、蕎麦、とうもろこし、大豆、小豆、稗、粟、素麺、蒟蒻粉、葛粉、油、塩、砂糖、蜂蜜、醤油、魚醤、味噌、酢、味醂、酒、茶、干し野菜、スルメ、干し鱈、昆布、干し鮑、身欠き鰊、煮干し、鰹節、刀剣、弓矢、鉄砲、矢弾、甲冑、馬具、旗、陶器、木器、着物、手袋、靴、ソリ、梯子、荷車、船、舟、駕籠、ざる、鍋、釜、包丁、農具、漁具、大工道具、壺、籠、桶、樽、炭、松明、提灯、行灯、火鉢、暖炉、石炭、煙管、煙草、紙、墨、石鹸、手ぬぐい、御座、仏壇、仏具、神輿、蓑、蚊遣り(蚊取線香)、蚊帳、囲碁、将棋、笛、小鼓、大鼓、太鼓、琵琶……」
それぞれ必要な数が書いてあった。了以を除く2人は思わず絶句する。将棋や琵琶を持参する武将は居るだろう。しかし、自身が同行しないのに持たせようという発想は出来ないはず。改めて幸田広之の絡んだ戦いが何事もなく圧勝に終わってきたのか垣間見える。
3人は幸田広之の書状を見ながら自分たちの領分で用意出来そうなものを相談した。蝋燭は博多商人神屋宗湛の得意とするところで、そちらへ回すことに決めるなど手筈を整えていく。
とりあえず3人で年が明ける前に大坂へ行くということで話は終わった。日本の発展と新天地への進出に決意を固めるべく誓ったのである。
そして茶屋と丹波屋は了以から土産にアイヌから買ったという木彫りの熊(あまり気にしないで)を渡され抱えて帰った。
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