第292話 反竹子派のラスボス濃姫登場②

 幸田広之は濃姫の件を織田信孝へ説明した。斎藤利宗については織田家直臣として1万石の大名へ登用する事が内定。  


 また、福には三存と七兵衛という兄弟が居た。両者とも山崎から敗走し、長宗我部を頼って四国へ渡り、その後の消息は掴めていない。2度も歯向かったとあれば、仮に生きていたとしても信孝が生きているうちは出て来ないだろう。


 その後、濃姫と日付の調整を行い、京の都より大坂へ迎えた。濃姫が大坂へ来るのは今回が初めてであり、異例の事だ。大坂城本丸ではなく織田家の屋敷へ招き、重臣たちが挨拶を行った。


 安土城退去以来、織田家とは距離をとっており、屋敷へ入るのは大きな意味合いがある。未だ織田信長正室としての位置付けは不変であり、本能寺の変における関与は無い、と示されたも同然だ。


 そして、いよいよ濃姫が幸田家へ訪れた。福を匿っていた事のある絵師海北友松(如切斎)と以心崇伝も一緒だ。海北友松の父・海北綱親は浅井氏家臣である。


 海北友松は現在織田家直臣となっているが、形だけの士分であり、絵師として弟子の育成を行っていた。海北派の始祖で、海北友雪の父として知られる。


 福は幸田家へ来る前、海北友松に絵の手ほどきを受けており、そちらの方も達者であった。現在では源氏物語や竹取物語をモチーフにした絵を描いており、なかなかの腕前だ。


 福にとっては恩人であり師匠といえよう。また、茶々たち浅井三姉妹にとってはかつての家臣である。 

 

 以心崇伝は史実においては家康のブレーンとして有名な人物だ。現在は臨済宗福厳寺(摂津)の住職をしている。史実だと、相模の禅興寺住職だが、歴史改変された世界線では福厳寺に留まっていた。


 以心崇伝は一色氏の出身。ちなみに道三の実子・斎藤義龍と孫の龍興は一色氏を名乗っている。両者に繋がりはないが、濃姫にすれば実家の斎藤家は道三敗死後に消滅した形だ。


 また、龍興の母・近江の方は浅井家出身で久政の娘(諸説あり)。つまり、浅井長政と龍興は従兄弟という事になる。さらに福の姉である神戸は史実だと羽柴家に仕える三上季直の正室だ。


 三上季直の母は三好吉房の子である羽柴秀勝の正室だった江(浅井三姉妹の末っ子で後に徳川秀忠継室)に仕えていた。将軍御台所になる前の江と福は義兄の母を介して縁があったのだ。やはり、いつの世でも人脈というのは大事といえよう。


 先ずは応接室へ3人を招き入れ、広之、五徳、茶々の6人が座った。お茶と菓子が運ばれ、さっそく本題へ入る。海北友松は織田家の家老であり幕府総裁の広之と直接話す機会はほぼ無い。

 

 以心崇伝にしても臨済宗を代表するような立場ではなく、広之の前ではいささか落ち着かない様子だ。当人の自覚が無くとも、世間的には幸田兄弟へ逆らえば終わりだという認識である。

 

「噂には聞いておりましたが、随分と風変わりなお屋敷でございますな。南蛮や唐とはまた違う趣き。五徳殿もしばらく見ないうちに一段とお美しくなられ、生駒殿にうりふたつ。よもや、於福が幸田家の養女に迎えられるとは思いませなんだ。時の経つのは早いもの……」


「帰蝶様(濃姫)もご健勝で何より」


 五徳の言葉に頷くと茶々の方を見やり語りかける。


「於茶々も立派になられたのぉ」


 濃姫は旧知の2人へ話し掛けつつ切り込んでこない。そこで、広之は話を振ってみた。


 「帰蝶様、失礼ですがご実家の斎藤家は一色となり、それ以降について存じ上げませぬ」


「一色というのは兄(義龍)が勝手に名乗っただけの事。妾が生きてるうちは斎藤家も形だけにせよ滅んだとは思いませぬ。弟の玄蕃(利堯)は織田家に仕えておりますし。再興せずとも2人で斎藤の名を高めれば、それで十分。ただ、於福の兄である立本(利宗)はいささか不憫でなりませぬ。そもそも美濃斎藤氏は美濃守護代家と持是院家があります。父道三の斎藤家は持是院家の系譜なれど別物。父や甥(龍興)亡き今、斎藤家の本流は於福の斎藤家と見るべき。幸い立本は優れた人物。亡き上様(織田信長)の十三回忌も終えましたゆえ、還俗の程、お頼み出来ませぬか」


「立本殿の弟2人は行方知れずでございますが存じませぬか」


「四国へ渡ったという話は聞きましたが、それ以降は存じませぬ。仮に出てきたとして、今さらお咎めはありますまい」


「明智の残党につきましては全て不問とはなりませぬ。仕官する場合は詮議を行った上、誓約書というものを書いて頂きます。無論、仕官せぬ場合であれば捕縛し、島送りなどはせず、働き口も世話している次第」


「それでは立本を還俗してもよろしいのじゃな」


「差し出がましいようですが、既に上様の許しは得ております。織田家直参知行1万石、如何でしょうか」


「既に話を通して頂いてるとは……。礼を申します」


 この後、歴史の知識で以心崇伝にあまり良い印象の無い広之は色々と念押しつつ、ややこしい話をした。そして、夕食となったのである。

 



 

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