第293話 ヴァリニャーノとフロイス

 新亜州からの幕府御用船が大坂へ到着。さらに欧州の戦況についても続々と報告が届いている。内容は、まさに破竹の勢いとしかいいようがない。幸田広之にとっては織り込み済みで、ほぼ予定通りだ。


 また、各地へ調査船や測量隊を送り込んでいるが、それも形だけである。実際のところ、広之は緯度・経度、地形など含めて分かっており、単なるアリバイ作りでしかない。


 世界各地の島嶼を領有化し、ネットワーク化しなければならない。アフリカ沿岸はほぼ抑える。その他、ハワイ、フィジー、バヌアツ、タヒチ、スバールバル島も加えたい。何なら南極大陸も……。


 先に詳細な地図(図面)を作り、適当な地名を着けてしまえば勝ちだろう。辿り着けない奥地に日本人が住む村があるとかでっち上げる事も可能だ。そのように思う広之であった。


 南極大陸に関していえば、北端付近のキングジョージ島なら、16世紀の技術で何とか人は住める。年間平均気温でいえば、シベリアより少し寒い程度だ。


 明国の各租借地も道路、水道網、井戸、湊など、基礎的インフラはほぼ整い、次々と街区を拡張している。上海と香港(香港島、九龍半島)は10年後に北京を超える都市となっているだろう。  


 幕府に従っていた倭寇上がりの商人は各租借地へ招き、優遇している。各租借地を起点にした合法的な貿易を行っていた。


 そんなおり、アレッサンドロ・ヴァリニャーノとルイス・フロイスがある教会で話をしている。2人の前には茶が置かれていたが、冷めきっていた。


「最悪の事態となりつつあるな」


 フロイスは力なく呟くように語る。


「ゴア、マラッカ、フィリピン、ヌエバ・エスパーニャとペルー……。ポルトガルとイスパニアは海外の領土をほぼ全て失ったという話です」


「幕府は明国よりロシアまでの間を制圧したというではないか。モスクワが陥落したというのだから信じられん。トルコ、フランス、北ネーデルラント、イングランド、モロッコと同盟を組んだとあれば、ハプスブルク家と全面戦争になってもおかしくない」


「信仰の自由を標榜し、トルコや新教徒と手を結んでるようです。異端審問、ユダヤ人やモリスコの追放、奴隷、エンコミエンダ制を問題視しているとか……」


「それにしても手際が良すぎる。新教徒やトルコと組むなど思いつくものなのか」


「いや、あのお方(広之の事)なら」  


「しかし、謎ではあるな。一体あれ程の知識をどこで学んだというのだ。恐らく、我らの知らぬ誰かが教えたのかも知れん。例えばだ……。新教徒の学者が商船に紛れ込み日本へやってきたとか。その教えを受けたとかなら少しは納得出来る」


「そうだとして、優れた銃や大砲、測量など含め、今や欧州を超えております。巷で売られている地図より遥かに正確な座標の地図が存在するという噂は本当なのでしょうか」


「日本国内の地図は恐ろしい出来栄えだ。それに比べ日本以外はあやふやだという話だろ。ポルトガルやイスパニアを欺くため、ふたつの地図を使っても不思議ではあるまい。あの男ならやりかねん」


「先程の知識を授けたかも知れない人物というのはフランス、イングランド、神聖ローマ帝国あたりの新教徒かも知れませんね」


「ただ、そうだとすれば、おかしな点もある。我らカトリックへもっと苛烈な対応しても良さそうなものだろ。欺くためならば、これからいよいよ本性が現れるかも知れんがな」


「フランシスコ会やドミニコ会の連中もフィリピンなどから支援が途絶え先行きは見えてます。しかし、幕府が捕まえて何かするという気配はございません。それは我らイエズス会に対しても同じですが」


「書物のせいで、貴人や商人が我らの教えに疑問を持ち始めている。我らの先行きも怪しいな」


「異端審問やエンコミエンダ制の事も知れ渡りましたからね。他にもトルデシリャス条約やサラゴサ条約の事も。書物では侵略協定だとされています。イエス・キリストを仏教や道教になぞらえた呼び方を使うのは誤解を招きく上、異端であるとも……」


「キリスト教における神を信じるのは天津神、国津神、八百万の神、祖先の霊、仏などを否定する事だという認識が広まったからな」


「キリスト教が広まれば全てが否定されるという認識です」


「エンコミエンダ制についてもよく聞かれる。あれはイスパニア王室によるもので、ラス=カサス(ドミニコ会宣教師)みたいな人物も居ると反論すれば、彼はインディオへの行為を批判しただけで、アフリカの黒人奴隷で代替えしようとたくらんだ。エルナン・コルテスと一緒の軍勢に従軍して、自身もエンコミエンダを持っていたとか、そこまで知っている」


「不用意な事をいえば幕府の定めた法に触れます」


「イベリア半島で行われた異端審問、我々の神に対する概念と在り方、インディアスにおける仕打ちを正しく伝えれば、そっぽを向かれる。仮に偽れば処罰され身動きが取れん」


「武士の信者はイエス・キリストを信じるが、イエズス会、ローマ教皇、ポルトガル人、イスパニア人は信ずるに値せずという者ばかり……」


「寺の僧侶なども明らかに幕府の指導を受けている。以前のようにあからさまな敵対はしてこない。キリスト教徒の農民に対しては自分の信じる道が大事などともっともらしい事をいう。その一方でキリスト教本来の教えに反するとか、異端がどうのといいつつ、仏教から除外している。これにより棄教する者が後を絶たない」


「形の上では弾圧どころか支援を受けています」


「死んだのはイエス・キリストではなく弟のイスキリで、日本に逃れたとか、仏であるなどとして、天空神社や天空十字天像が寺に祀られている」


「逆手にとられたわけですが、なす術ありません」


 力なく答えるヴァリニャーノであった。


 

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