第296話 幸田広之、現代で夏休み①
小氷期とはいっても、体が順応してる以上、幸田広之にとってやはり夏場は暑い。北海道の人が25度でも暑く感じるのと同じであろう。
扇風機さえ無い上、服も冷感インナーやUVカットの軽量長袖パーカーなどというものは存在しない。その上、キンキンに冷えたドリンクも同様だ。せめてもの救いは日が暮れるとそうとう涼しいので、何とか眠れる。
広之の屋敷では“すだれ”や“よしず”をフル活用していた。すだれは吊るし、よしずは立て掛ける。小者たちは横にしたよしずへ水を撒いたりするのだ。これを立て掛けると天然のクーラーと化す。他には打ち水など、何とかローテクで凌ぐ。
食べ物もあまりに熱い物は少ない。せいぜい味噌汁くらいのものだ。朝食で人気なのは幸田家名物の豆乳茶漬けである。文字通り米に豆乳を温めず注いだもので、茗荷、紫蘇、塩揉みした胡瓜などがのっており、実にシンプルだ。
昼食では冷やし茶漬けが人気ある。水出し茶を冷水(井戸水)で冷ました米に掛けるだけ。それ以外だと、やはりというか、ざる蕎麦、ぶっかけ蕎麦、ざるうどん、素麺などが人気なのはいうまでもないだろう。
逆にいえば、夏場は熱い食べ物が少ないため、飢えている。なので、少し気温が落ち着く、夏の終わり頃、フライング気味におでんや温寿司などを作る。
そんなある日、広之は現代に呼び戻された。無論、現代は狂ったような暑さだ。それでも部屋や屋内に居る限り冷房が効き、風呂上がりの冷たい一杯も楽しめる。
「しかし、幸田氏、夏場はアイス、冷たいドリンク、冷麺、刺身、生ビールとか普段より激しいでござるな」
「まあ、無いものねだりだよね。向こうは夏場、キンキンに冷えるとか無いからさ。エアコン上等人間だから、冷えた室内で眠れるとか夢のような話だよ」
「そりゃ、そうだろうな。夏はクソ熱い。冬はクソ寒い。大きな病気したらアウト。そんなんで長生き出来るのは凄いよ。逆に長生き出来ても、それが良いとも言い切れない」
「犬神さんのいう通りですよ。向こうで、寝たきりとかになると悲惨だし。それでも、時代相応のクオリティライフみたいなのはありますから」
「ところで、幸田君。現代の狂った暑さ考えたら、秋が新年度になるよう、してみてはどうだい」
「それは自分も考えてるとこですよ。織田家や幕府も7月から9月までは仕事少なめだし。東京に幕府移したら、夏場は勝浦(現代でも夏場は北海道並)あたりへ避暑出来れば、と考えてます」
などと話しつつ広之、犬神霊時、肉山298の3人は風呂から出て休憩室に入った。今日は3人でサウナに来ている。岩盤浴コースで半日程、堪能する予定だ。
アカスリやマッサージもあるし、漫画も相当な数揃っており、だらだらするにはもってこいといえよう。休憩室に入るや生ビールを注文し、一気に半分くらい飲み干す。
「いや、たまらないですね」
「現代の醍醐味ってもんだろ幸田君。飲み方がまたシャバに出てきた時の長期服役囚みたいになってるな」
「ところで幸田氏、欧州の有名人ホイホイ計画はうまく進んでそうでござるか……」
「連絡に半年以上掛かるから、まだ分からないね」
当時、生存している著名人を確保する計画の事だ。ガリレオ、ベーコン、シェイクスピア、ケプラーなどが対象である。有名人でなくても有名大学出身の若手有望株は片っ端から大金でヘッドハンティングして、日本かカイロあたりへ招く。
この後、岩盤浴、アカスリ、マッサージなどを堪能した3人は中野のダイニングバーへ移動した。そこで最強霊能者鬼墓亜衣子と女性オカルトライターの小塚原刑子も合流。
竹原元教授は幕府が北米の東海岸、カリブ海沿岸、トランスオクシアナ地域、ロシア東部などで、どのような城塞、要塞、都市などを築くべきか、現地へ出向き調査しており、不参加だ。
その他、ゼネコンの知り合いと一緒にコンクリートを作る方法や各種人力クレーンの製造図面、橋の作り方など、意欲的に取り組んでいる。竹原元教授は織田家より貰っている俸禄以上の活躍をしていた。
蒸気機関については、西暦1595年時点でも作れるが、当面は見送る方針だ。何故なら、産業革命だけでなく、商業革命、交通革命、労働革命、生活革命と一蓮托生の上、市民革命も誘発しかねない。まさに諸刃の剣である。
つまり、単純に蒸気船、蒸気機関車、蒸気自動車作れていいね、という話で終わらない。機械化された工場で働く労働者も歯車として扱われ、過酷な運命が待ち受けている。
大型プランテーションでの労働も搾取的となるし、巨大財閥も当然生まれるだろう。商工業や金融業も飛躍的に発展し、やがて旧体制(君主・貴族・宗教勢力)と衝突すれば、市民革命や市民憲法へ繋がる可能性がある。
何れは国民主権、権力分立(立法・行政・司法)、経済的自由権など確立されるべきだが、早ければいいというものではない。あまりに早い段階で国民主権による民主国家と産業革命へ突入すれば収拾つかない可能性がある。
そして、各国間での戦争も南北戦争並になってしまう。つまり、蒸気機関というのはパンドラの箱になりかねない。なので、少なくとも幕府の世界覇権が確立されるまで技術の進歩はあまり早くても駄目だ。
何事にも順序やタイミングというものがある。
※第297話 幸田広之、現代で夏休み②へ続く
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