第198話 パスタ革命

 幸田広之は現代から戻った後、持ち帰った専門書を訳したり、コピーも書き写していた。コピーの方は、城、建築物、都市、帆船、大砲、銃、紡績機、時計設計図などだ。何れも、時計の針を数百年進めてしまうような代物だ。持ち帰った種子の栽培方法も次々と紙に書いていく。


 そんな最中、パスタについても、いよいよ本気で取り掛かろうと思っていた。これまで、及び腰だったのはトマトの問題が大きいといえる。何しろ、肝心のトマトが年中手に入らない以上、通年出す事が厳しい。


 さらに、オリーブオイルやチーズはまだ世間一般へ流通させる程の生産が困難だ。その辺はバター、パンチェッタ、ソーセージも同じである。他にも、ハーブなど足りないものが多い。


 先ずトマトに頼らないパスタを考案する必要がある。そうはいっても基本は麺だ。独特の食感を生み出すには、デュラム小麦のセモリナ(粗挽き)粉が必要である。デュラム小麦は蛋白質とグルテン豊富だが、硬質のため粗挽きだ。パスタに向いてるが、パンや粥などでも美味しい。


 難点は日本の気候では育成が困難だ。向いているのは高温かつ乾燥している地域。何かで代用する他ない。実験した結果、強力粉に薄力粉を少しブレンドする。そこへ卵と塩を加えれば代用足り得た。


 生麺の種類だがタリアテッレとフェットチーネのいいとこ取りでいく。一般的にフェットチーネの方がタリアテッレより幅が広く厚い。また、タリアテッレは軟質小麦を使う。


 試行錯誤した結果、麺の食感と幅はタリアテッレ、厚みはフェットチーネよりもう少しある感じだ。麺を打って1時間は棒に掛けて乾かす。


 普通のパスタとしては、納豆、ボンゴレ、たらこ、梅シラス、きのこ、カルボラーナ、ペペロンチーノ、アンチョビ、味噌、まぜそば風。スープはトマトに頼れないので、グラタン風にする。皿に麺を入れたあと具を乗せて、クリームソースを掛け、そして焼き窯で加熱。


 具の種類は、じゃが芋、南瓜、茄子、とうもろこし、玉葱、アンチョビ、茹でハム、ミートボール、鶏の唐揚げ、魚のフライ、海鮮、豚カツ、メンチカツ、コロッケとか、そんなものであろう。


 こうして、広之はクリスマスも近づいたある日、淡路島から謎のイタリア人アブラギータ・フトッテーラを呼び寄せた。アブラギータはいつものようにチーズ、生ハム、パンチェッタ、ソーセージ、ハムなどを沢山持参したのは言うまでもない。


 試食と聞いてたアブラギータは、またいつものようにチーズや肉加工品を使ったイタリアっぽい謎の料理が出てくるものだと思っている。何も考えず、女中を口説きながらお茶を飲んでいた。


 台所では多量の麺が軽く乾燥されてたり、クリームソースが仕込まれている。その他にも豚肉や鶏肉の料理も仕込まれていた。この手のものは日本人より金万福の方が得意だ。上機嫌に肉を切っている。しばらくして、織田信孝たちも集まってきた。


「左衛門よ、何かと忙しいと思うが、色々とおそれいる」


「前から欧州風の麺を何とか日本人向けに、と思っておりました」


「あれは、赤い身(トマト)など、難儀であろう」


「出来うる限り、少し値の張る程度で食べれるよう細工いたしたる次第」


「良かろう。民が飢えなければ良いというものではない。生きてる限り食べる楽しみというのは大事じゃ。今では砂糖の入った茶でさえ、皆が飲めるようになった。かような世こそ儂の望むところ」


 戸が開くと木皿に乗ったタリアテッレ風のパスタが何種類も運ばれてきた。納豆、ボンゴレ、たらこ、梅シラス、カルボラーナ、ペペロンチーノ、アンチョビ、味噌、まぜそば風だ。どれも5口くらいで食べれる分量となっている。


 味噌は八丁味噌に砂糖や醤油を加えた甜麺醤風で豚挽き肉、難波葱、玉葱、金時人参、豆鼓などが入っており、韓国のジャージャー麺風である。味噌の上には九条葱がのっていた。玉葱は晩生種を山間部で十分乾燥させ、吊るしながら保存したものだ。そのため、長期保存が効く。


 一同、それぞれ好きなものをとって食べ始めた。信孝はカルボナーラ、アブラギータはアンチョビを食べている。


「これは変わった味わいなれど、食べやすい。うどんの釜玉に似ておる」


「上様、まさに釜玉と同じようなものでござります」


 本式のカルボナーラはチーズやグアンチャーレを使う。グアンチャーレは豚の頬肉を塩漬けにした生ハムだ。パンチェッタとは部位が違う。今回はグアンチャーレやパンチェッタを使わず、豚ロースが使われている。


 豚ロースを砂糖と塩が入った水に漬け、およそ1日程置く。これを弱火で茹でた、いわば簡単なハムだ。そして、皿に麺が盛られた後、上部へ温玉が置かれている。


 チーズやクリームを使っておらず日本人に食べやすい。信孝だけではなく江と末も食べており、実に美味しそうである。そしてアンチョビを食べていたアブラギータが大きな声を上げた。


「おお〜っ、左衛門様。なんてこった。麺はイタリア北部に似てま〜す。鰯の塩漬けもオッティ〜モ(超美味しい)」

 

 アブラギータも喜んでいる。アンチョビのパスタは豚の小間切れ、キャベツ、蕪、椎茸が入っており、塩っぱさを中和させ絶妙な塩梅だ。唐辛子、にんにく、魚醤も加わり風味とアクセントも良い。これは、タイ料理のパッキーマオ(酔っぱらい炒め)を少しイメージしていた。


 竹子と五徳は味噌パスタを食べていたが、2人共勢いよく食べている。中には早くも2皿目を食べる者も居た。信孝が梅シラスを食べ始めた時、グラタン風パスタが登場。皆がどよめいている。


 何しろボリュームが凄い。陶器のやや深い皿にホワイトソースがのっている。外から見て、具材の中身は分からない。それぞれの前にひとつづつ置かれた。驚きつつも、初めに出てきたパスタを食べ止め、グラタン風パスタに移る。


 しばらくして、次々と感嘆する声が漏れた。前にも似たような料理を出した事があり、気付いた者もいる。だが、今回はチーズや本格的な肉加工品を使ってない。豆乳を使ったホワイトクリームから具が出てきた。


 信孝は豚カツだ。江はじゃが芋、玉葱、茹でハム、アンチョビで、ホワイトクリームの上には生たらこソースがのっていた。もう食べれないといってた江が茶々や初に美味しい事を必死で伝えている。そこへ広之が声を掛けた。


「於江殿、それはとっておきですぞ。日本人なら不味かろうはずはござらぬ」


「広之殿、こちらは何という美味。鰯とたらこの風味がじゃが芋に合いますなぁ。言葉に表せぬとはこの事」


 他の者も様々な具の美味しさを互いに自慢しあっている。さらに、カッソーラ、茹でハム、唐揚げ、ポテトサラダ、各種野菜のピクルスが出された。


 カッソーラはロンバルディア地方の料理で冬の定番だ。豚のスペアリブや脛肉などの他、キャベツ、玉葱、金時人参と一緒に煮込んだものである。アブラギータはロンバルディア出身であり、目を白黒させていた。


 酒を飲みつつ試食会は続く……。

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