第312話 メディチ家の黄昏

 メディチ家はトスカーナ大公国を支配しつつ、一族がローマ教皇(過去)であったり、欧州有数の家といっても差し支えない。そうはいってもルネサンス期に成り上がった一族であり、元々は薬種業者だったと推察されるが謎に包まれている。


 15世紀後半から銀行業で台頭。この辺は日本に置き換えると角倉了以に似ている。元々は医師の家系だが戦乱のさなか、角倉家は土倉業で財を成した。土倉とは質屋であり高利貸しだ。名前に倉も付いておりメディチ家へ通ずるところがある。


 そもそも質屋の事業形態は古く、古代ギリシャからあるという。恐らくはルーツを辿れば、フェニキア、アッシリア、バビロニア、アッカドなどのオリエントへ遡るのかも知れない。


 東西を問わず質などの金貸し、酒蔵、医療薬剤関係というのは儲かった。修道院なども質を行っていたが、十字軍遠征時代になるとユダヤ人に取って代わられる。


 中欧などで修道院といえば、いわゆるトラピストビールも有名だ。これは中世にペストの影響で生水が危険なため、あるいは断食用の水分・栄養剤として、盛んに作られた事による。


 日本の寺社でも五穀豊穣を祝い、その年にとれた米で酒を作るうちに収入源となっていった。土倉についても荘園制と貨幣の輸入により発展している。初期の土倉業者は有力な寺社の庇護を受けていた。この辺もやはり欧州と似ている。


 メディチ家が力を付け、ローマ教皇を輩出するのも偶然とはいい難い。少なくとも、両者の商売柄、背後で繋がっており、相応の背景はあったといえよう。それに、メディチ家が絡むところ、不審な死も多々あり、医学知識から毒殺に長けていた可能性もある。


 フィレンツェは元々共和制であり世襲ではなかったが、共和派と対立し、メディチ家は追放された事もある。何度目かのフィレンツェ復権により、神聖ローマ皇帝からフィレンツェ公に封じられ、共和体制を捨てる。やがて傍系一族がトスカーナ大公となった。


 そのトスカーナ大公国だが、激動の波に呑まれようとしている。太陽の沈まない国と謳われたイスパニア・ハプスブルク家が呆気なく滅亡したのだ。 


 トスカーナ大公フェルディナンド1世・デ・メディチは苦悩していた。フェルディナンド1世の父であるコジモ1世はフランスのカトリック陣営を支援した事によりローマ教皇からトスカーナ大公の位を授けられたが、これに反対したのはフェリペ2世と神聖ローマ帝国マクシミリアン2世だ。


 この仕打ちに対してコジモ1世はシャルル9世を抱き込み、フェリペ2世・マクシミリアン2世への同盟も構想した程の遺恨がある。


 フェルディナンド1世はサン・ロレンツォ聖堂にある新聖具室で考えを張り巡らしていた。兄のフランチェスコ1世・デ・メディチを経て地道な富国政策が成功しつつあったところに天変地異の如くアジアの果てよりジャポネのレジオーネ・インバッティビレ(無敵の軍団)が現れた。


 驚いた事に自由な信仰を標榜し、ローマ教皇に対しても十分敬意が払われている。フェルディナンド1世はかつて天正遣欧少年使節(西暦1585年)がフィレンツェを訪問した際、催された歓迎の舞踏会に出席していた。まだ、ほんの10年前の事であり、ジャポネーゼの少年たちを鮮明に覚えている。


 イスパニア・アスブルゴ(ハプスブルク家)へ貸し付けていた債券は全てジャポネが支払うという。そんな馬鹿げた話は聞いた事がない。これにより数多くの銀行家や大商人が破産を免れた。  


 それどころか、船舶、衣服、軍服、靴、手袋、大砲、砲弾、弾薬、馬、牛、毛織物、皮、陣幕、硝子、無煙石炭、鉄、小麦、デュラム小麦、大麦、豆、フォルマッジオ(チーズ)、ビーノ(ワイン)、オーリオドリーヴァ(オリーブオイル)を途方もない数量で買い付けている。


 しかし、メディチ家は無視されており、完全に乗り遅れてしまった。挽回するためには今や得意絶頂のフランシア(フランス)国王アンリ(エンリコ)4世へ姪のマリアを送り込みたいが、全く相手にしてくれない。


 恐らく、かつてトゥルキヤ(トルコ)へ敵対した事とローマ教皇庁への近さが問題視されているように思える。特に自由欧州同盟暫定盟主のインギテッラ(イングランド)女王エリザベッタ(エリザベス)1世がローマへ深い恨みを抱いているのは確実だ。


 現在、ジャポネはロシア(ラテン語で紛らわしい発音あるので、そのまま)方面の制圧に忙しいという。広大な地域が制圧され、建設中の首都はエテルニタスなどというそうだ。


 イタリア各地から建築家、彫刻家、画家などが掻き集められている。イスパニアなどは無邪気にアジアや新世界の征服地へイスパニア語の地名を付けまくっていたが、それとは対照的だ。


 ラティーノ(ラテン語)を用いるあたり周到といえよう。相手に痛みや屈辱を極力与えない。信仰も自由だ。


 ジェノヴァ、ミラノ、シチリアは共和国になる事を受け入れている。ナポリも保留しているが従うはずだ。ヴェネツィアは不戦条約を結んだようだ。


 特にジェノヴァとヴェネツィアの動向は気になる。しかし、信仰の自由というならトスカーナにはリヴォルノのフランコ港があるではないか。自由港として免税特区にしている。


 あらゆる国の人々が住んだり、他国籍船が来航しており、ジャポネの船だって来ているのだから、色々知っているはずだ。やはり、フランシアやジェノヴァが入れ知恵しているのか……。


 場合によっては姪のマリアをジャポネの国王へ嫁がせるしか無いのかもしれない。

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