第386話 マリアたちの女子会

 マリア・デ・メディチたちが部屋で昼食を楽しんでいる頃、応接や談話の間(いわゆるサロン)では、各国の使節が集っていた。会話に興じつつ食事をしている。


 各自、好きな物を自由に食べれるよう様々な料理が用意されていた。一部は注文があってから作る。ピザ、ブリトー、ホットドッグ、サンドイッチ、ピロシキ、フライドチキンなどだ。部屋の横に小さな厨房があり、そこで作っている。


 部屋の片隅でフランシス・ベーコンと話している男性が居た。ベーコンの叔父であり、今や政敵となっている初代バーリー男爵ウィリアム・セシルの孫、ウィリアム・セシルだ(誤記ではなく同じ名前)。


 父のトマス・セシル(バーリー男爵の長男)は従兄弟にあたるベーコンとあまり仲が良いとはいえない。そもそもトマスは能力的にベーコンより劣る。そのため、バーリー男爵は優秀な甥であるベーコンをあまり支援しなかった。


 結果、ベーコンはセシル一族の地盤を離れ、現在ではバーリー男爵の政敵エセックス伯(第2代)を後楯としている。ベーコンが日本への使節団に加わる事を知るやバーリー男爵とトマスの親子は強く反対した。


 しかし、エセックス伯もこれに強く反発。困ったイングランド女王エリザベス1世はトマスの長男で庶民院議員に2度選出されたことのあるウィリアムへ白羽の矢を立てた。


 このウィリアムはいわゆる放蕩息子であり、数年前債務不履行により債務者監獄(フリート)へ入獄したこともある。議員期間中さしたる活動もない。


 議員になる前は欧州を渡り歩き、カトリックへ改宗。父と祖父はプロテスタントであり、激怒したのはいうまでもなく、あわや勘当寸前となった。どういうわけかベーコンに懐いている。


「ベーコン殿は日本に残られるのですよね」


「いや、まだ決まってはおりませんよ」


「羨ましいなぁ。大坂の人口は40万人だと聞きました。おそらく世界一の都市でございましょう。現代のローマですよ。普通の庶民でも砂糖入りの茶を飲み、煙草を吸っております。風呂もあって皆清潔。治安も良いとか。宗教の深刻な対立もなく信仰の自由が法制化されている。欧州の混乱とは真逆……」


「私も色々と驚いてましてな。使節団長で在日イングランド公使へ就任されるジョージ・ケアリー殿(父はエリザベス1世の従兄弟)へ相談し、許しが得られたら残りたいとは思っております」


「そうであろうと思ってました。ならば、是非私も残れるようベーコン殿からも推挙して頂きたい」


「わかりました。話しておきます。ただし、バーリー男爵やトマス殿が私にあらぬ疑いを掛けないようお願いしますよ」


 そういうやベーコンは女中が運んできたホットドッグを口にした。あまりの美味しさに驚く。燻製器から出したてのソーセージをパンに挟み、そこへピクルスやチリビーンズを乗せ、上にチーズが沢山盛られる。


 最後に軽くオーブンへ入れて焼いたものだ。素晴らしい香りが立ち上がる。タバスコもどきとハニーマスタードも小さな容器へ入っていた。


 ウィリアムはピロシキを口にした。トロトロに煮込んだ豚肉、クリーミーなマッシュポテト、ピクルス、トルコのトマトペースとであるサルチャ、チーズ、挽きたての粗挽き胡椒などが入っている。軽く揚げた後、オーブンで仕上げているため、油分は弱まり、実に芳ばしい。


 能力や性格的には水と油である2人だが、思わず顔を見合わせている。自然に笑顔があふれだす。食べ物に驚いているのは2人だけではない。欧州で戦争より激しい外交戦を繰り広げてきた交渉のエキスパートや修羅場を潜り抜けてきた軍人たちも満足気だ。


 そして夕方になるとサロンの場はバー状態となり、本格的な食事をしない者たちは酒を飲む。マリアと侍女たちは部屋で軽い夕食をしつつ、そのまま酒を飲んでいた。


 ちなみに夕食は干し鱈のクリームシチューだ。それを食べ終わると、プロシュート、燻製の盛り合わせ、作りたてのハム、スペアリブ、小鰯のマリネなどが出された。琥珀色の特上麦焼酎を飲みつつ舌鼓をうつマリアたち……。


「マリア様、日本料理がかように私どもの口へ合うとは思いもよりませんでした。何を食べても美味でございます」 


「アデリーナ……。日本人が普段食べているものは似て非なるもの。米、発酵した豆のスープ、焼いた魚などが普段の食事。九州から大坂までの間、食べたようなものが本来の日本料理ですよ。南蛮焼(ピザ)などもありますが、比較的最近の料理と聞きました。さらに、迎賓館で私たちへ出している料理は欧州各国の料理を参考に作り上げたのでしょう」


「つまり、何を好むか徹底的に調べ研究しているという事でございますね」


「さよう。日本人が好む出汁は干した魚や干した海藻であり、大抵の料理は発酵した豆の汁と練ったものです。私たちの口には合わない事を熟知し、塩・バター・クリーム・ワイン・スパイス・ハーブなどを使い違和感のない味へ仕上げているのでしょうね。昨日の晩餐会でもイスラム教徒やユダヤ教徒でも食べれるような配慮がなされておりました。自分たちの文化を押し付けず、相手への配慮を怠らないという意思表明でしょう。その上でトマトやじゃが芋といった私たちには馴染みない野菜をあれだけ見事に使っております」


「当家やハプスブルクの料理人が作るものこそ世界一と思っておりました」


「無論、私もそうです。バルサミコやコラトゥーラまであるのは流石に驚きました」


「コラトゥーラ?」


「そこにある魚の汁です。先ほど、あなたも付けていたでしょう。それはナポリの南で作る鰯の汁と同じ……。私たちがイタリア人なのでバルサミコやコラトゥーラ、それこそプロシュートを出しているはず。これでは外交どころではありません。初めから相手の手のひら。欧州での常識が通用しないと思って間違いないでしょう」


「いかがいたしましょうか」


「こうなってはあがいても無駄ですよ。私は既に覚悟を決めております」


「よもや……」


「将軍か次期将軍の妻になる事もいといません。何れにしろ、当分は日本に残りますので、あなたがたも覚悟してください。場合によっては一生フィレンツェには戻れませんよ」


「……」


「アデリーナ、何か不満でもおありかしら」


「この国に住み続けたら太ってしまいます」


「確かに、それは困ったわねぇ」


 こうしてマリアたちは日没後も酒宴を楽しむのであった。





 






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