第94話 女直の姫様
角倉了以が戻って以降、東国の諸大名は色めき立っていた。天下平定から5年も経過しており、もはや国内で謀反など起きる気配はない。
東京府での天下普請に駆り出される以外は領内開発に邁進していた。それでもいつ何時起きるかも知れぬ戦いに備え、鷹狩りなどをときおり行う他、武芸を磨いている。
西国の大名は台湾の開発や南方への進出を見て貿易の再開と遠征を心待ちにしていた。東国の大名は北海道へ開拓団(家臣や屯田兵、農民、漁民など)を送り込みつつ、北方では大きな戦いなど起きそうになく落胆していたが、一気に事態は動いたのである。
過去の人となりつつあった羽柴筑前守秀吉が、かつて金王朝を築いていた民と盟約結んで明国や蒙古と戦い進撃しているという話になっていた(話が大きくなっている)。
大坂の羽柴邸には事実上の当主となっている羽柴秀次(織田信長の養子は他界している)が居り、東国の大名は挨拶伺いのため日参している。
さらに沿海府の長官となった丹羽長秀の下へも東国はおろか西国の大名も訪れていた。いわゆる幕府3大御用商人といわれる茶屋四郎次郎、角倉了以、丹波屋仁兵衛以外の中堅商人も食い込むため必死である。
今回は小規模の出兵であるが、再来年以降は大規模になるだろうと見込まれていた。来年の遠征に加わるのは織田家、丹羽家、徳川家、森家、蒲生家、伊達家、安東家、津軽家、南部家、羽柴家であり、大名自ら兵を率いるのは丹羽家だけである。
しかし織田家からは直江兼続、蘆名政道、最上義光が一行に加わるほか、羽柴家で預かり身分となっていた前田利家も赦され、羽柴家の兵に加わるとあって、北方征伐の話は盛り上がっていた。
織田信孝、丹羽長秀、幸田広之、幸田孝之の4名は京の都へ出向き朝廷へ来春の遠征を告げた。広之は女直なる者たちはいにしえの刀伊(刀伊の入寇で知られる。刀伊は東夷の和訳)であり、かつて渤海国、金国、契丹国(遼)があった場所だと説明。
さらに幕府は来春まで間に合うよう船の大量造船を決定。広之は弩弓や攻城兵器も多数用意するため家臣と設計にあたっている。
北海道には3万人ほどの和人が住んでおり、来年は大幅な増加を行い、樺太あたりまで入植させたい。石炭ストーブも実用化させるため豊前領主小島兵部へ田川郡(いわゆる筑豊)での石炭発掘を依頼。指揮は丹波屋に任せている。
石炭ストーブ自体は設計済だった。広之は寒さに耐えかね導入寸前まで行き、断念した経緯がある。そのためあとはストーブの量産と石炭を掘るだけだ。
そして幸田家に引き取った女直(ジュシェン)の客人と何とか意思の疎通をはかる。三男のほうはエドゥン(満州語で風)、次女はイルハ(満州語で花)。
片桐直盛(且元)より聞いた話によると彼らとホジェン族(ナナイ)は似ているという。スメレンクル族(ニヴフ)やホジェン族経由で会話を試みた結果、明国でいうところの野人女直のウェジ部(渥集部)らしい。
どうも昔の時代、明が黒竜江の下流まで進出した時、先祖が海西女直の官吏に従いヌルガン(奴児干)へ同行。その後、ヌルガンを追われ現在の場所に住んでいるという。
ときおり海西や建州(満洲国)の部族が交易に来るらしい。しかし日本の歴史でいえば松前藩とアイヌのような関係のようだ。つまり言い値で叩かれ儲けはほとんど出ないとか。
松花江に近い黒竜江流域のホジェン族は女直と近いようだ。広之の認識は元々女直とホジェンは恐らくツングースの系統で近いのだろうと思った。
建州女直と海西女直は近いが海西はモンゴルも近い。両方とも中華王朝の影響が強い気する。しかし野人女直と括られている部族の一部は未だにツングース色が強いのだろう。
本来は野人女直が女直の源流なのかも、と考える広之であった。無論、女直の6人は海も初めてであり、大坂のような大都市は見たこともない。日本人は漢族に似ているが、やはり違う。
幸田家の者は皆毎日のように魚を食べている。見慣れた鮭もあった。米は数えるほどしか食べたことがない。こんなに美味しい食べ物があるのかと驚いている。
また高価なはずの茶を身分低そうな者まで普通に飲んでいるではないか……。抹茶ラテとマカロンを味わい仰天。さらに炊事を行う者も暇な時、茶を飲みながら漢字の混ざった書籍を読んでいる。
そして、ある日の夕方。信孝と竹子、政宗と茶々、そして五徳、初、江たちで、ささやかな歓迎の宴が行われた。広之は河内に鴨の飼育場を持っていた。今日のため鴨と豚肉を用意。豚は金万福が処理していた。
まず1人用土鍋に白いスープが入っている。鶏の白湯スープだ。中にオタネニンジン(国産の朝鮮人参)、難波葱、大根、干し栗、干したナツメ、干し帆立、銀杏、きりたんぽ、茹でた鶏(低温で)をスライスしたものなど……。
生姜も効いており風味が良い。味は塩と塩麹だけとシンプル。やはり白いスープなど見たこと無いためエドゥンとイルハは石のように固まっている。
「それがしが手本を見せて進ぜましょうや。こうしてのせ口に……。これはうまい」
見かねた政宗が助け舟を出す。イルハが先に口を付け兄のエドゥンへ何やら話している。エドゥンもようやく口にして驚いた顔だ。一旦、食べ始めると2人共瞬く間に完食した。
「うまいでござろう。この藤次郎(政宗)嘘は申しませぬぞ。海西や建州か知らぬが、この政宗打ち倒してご覧に入れよう」
「これ、此度はそなたの出番はないと申したではないか。早くても再来年じゃ」
「上様、その際は是非ともこの藤次郎にお任せくだされ。伊達の名に掛けて……」
「藤次郎殿、来年の春までには彼の地の言葉、風習、信仰、地理などにについての書籍を刷ってお配りしますのでご安心くだされ」
「左衛門様、これは有り難い。出来上がるのを楽しみにしておりますぞ」
「それにしても、この鶏の汁ときたら美味な事……」
竹子たちも気に入ったようでレンゲを離さず持ちっぱなしになっている。各人の鍋が空になるタイミングで室女中たちが豚の揚げ肉を持ってきた。
これは茹でた豚バラ肉を冷まして水気を切ったあと、油で素揚げしたものだ。これを塩山椒か味噌ダレに付けて食べる。さらに紅焼肉も出てきて賑やかになった。口直しに蕪の浅漬けと大根のなますも並ぶ。
男性陣は焼酎、女性陣は蜂蜜入り梅酒を飲み始めた。やはり見たこと無い豚料理と酒にもエドゥンとイルハは驚きつつ、その美味しさに目を丸くする。
エドゥンは複雑な気持ちだった。これまで日本人など聞いた事が無い。恐らくは噂に聞く倭寇と同じなのであろう。東海の果てに住む蛮族だと聞いていたが、信じ難いほど豊かで発展している。
父の直感と判断は正しかったと思うのであった。来年、故郷に戻るのが待ち遠しい。イルハは完全に酔いが回り初や江と仲良さ気に笑っている。
そして囲炉裏へ串に刺した鴨肉、鶏肉、豚肉、五平餅、塩引き鮭、豆腐などが出された。それをお初が焼いている。イルハは身近なご馳走である鴨や鮭に喜び、エドゥンは五平餅に驚いていた。
エドゥンとイルハに同行している家来たちは別室で広之や政宗の家臣と酒を飲みやはり出来上がっている。こうして楽しい宴は続くのであった。
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