第307話 まだ見ぬ女帝たちの襲来③
城から戻ると、幸田広之は上様が来る事を五徳に告げた。五徳、茶々、初、江、末、お菊、登久、久麻、福(春日局)は皆して上等な衣服で戦闘態勢を整えている。
さらにゲストとしてはブヤン・セチェン・ハーンの娘ムンフゲレル(“永遠の光”という意味。今年になって来日した)も居た。北元皇帝の皇女だ。ナムダリ、アブタイ、イルハの3人も揃っている。
五徳と浅井三姉妹も嶋子の事は知っているだけに、竹子が荒れそうな予感を察知し、返り討ちするくらいの意気込みだ。人脈を総動員し、最近の嶋子についても色々調べたらしい。
台所にも緊張感がみなぎっていた。大量に揃えた食材が吟味されつつ、下準備は着々と進んでいる。中庭には簡単な舞台が作られていた。康蘭玲に胡舞踊を披露させるためだ。
ほどなくして信孝、竹子、信之も到着。 およそ1時間程経ってから、嶋子、梶(英勝院)、松姫、菊姫、貞姫、小督姫、香具姫たち7人が姿を現す。五徳たちが出迎える。
「これは嶋子殿、再び大坂でお目に掛かるとは奇遇ですな」
「色々ございましてのぉ。左衛門殿へ通したい話がありましてな。わざわざ参った次第。それにしても出迎えて頂くのは結構なれど、まだ年端もゆかぬ者まで……。なかなかの趣向だこと」
嶋子はそういいつつ福の方をみやる。嶋子の性格を知っている五徳は福に目が行くよう、わざわざ子供じみた衣服を着せていた。五徳の目が鋭くなる。
「福と申しましてのぉ。これは失礼をいたしました。何分、まだ17ですからなぁ。三条西家よりの養子(祖母が三条西家の出。この世界線では幸田家に来る前、三条西家の養子となっていた。)でございますが、色々と至りませぬ」
「ほぉ、三条西家の姫君でございましたか。これは失礼」
こうして、嶋子たち一行は奥へ通された。まだ17歳の貞姫と小督姫は、この時代とは明らかに異なる屋敷の内装を見て驚いている。
先ずは中庭へ面した部屋に案内されたが、信孝と竹子も座っており、開かれた戸より中庭を見つつ茶を飲んでいた。竹子は嶋子たちに気がついたが無視している。嶋子も竹子が存在しないくらいの感じで信孝へ話し掛けた。
「上様もお越しでございますか」
「大坂も大分変わったであろう」
「異国の者も多いですなぁ」
そこへ、竹子が嶋子の顔を見ず、独り言のように呟いた。
「今や幕府の治めたる地は日本の3千里彼方へ及びます。遥か欧州や新亜州(アメリカ)の地でも織田の名は知れ渡っておるそうじゃ。足利や鎌倉なんぞ誰も知りませぬなぁ」
「ならば、神戸はおろか関や北畠なんぞも知られてはおらぬという事ですな。結構な事で……」
「日本の10倍はあろうかという明国、またはかつて金国を築いた女直、元国を築いた蒙古、天竺を治めるムガル国やヴィジャヤナガル国、遥か西方で胡人が治めるペルシャ、そのペルシャと競ってる大国トルコ……。それらの国々と誼を通じておる。今宵も元国の皇女ムンフゲレル殿(モンゴル語で“永遠の光”)もお見えになっておられるが、足利や鎌倉なんぞ聞いた事もなかろう」
「まあ、よい。幕府がこんにちあるのは、清和源氏や平氏あってのものじゃ。先人の労苦を疎かにするものではない」
「上様仰せの通り。かような武家の盛衰を経て公方様といわれるのは征夷大将軍であらせられる上様唯ひとり。こんにち内裏など朝廷を除けば、武家における御所はかつての武衛陣であった二条の御所のみ。二条御所の主は武家の棟梁であらせられる上様……」
嶋子は無視しながら庭を見ていた。
「まあ、とても綺麗なお庭だこと。ねえ松殿……」
「誠にございますな、御前様」
勝手に喋ってろカスとでもいいたげな感じだ。もはや歓迎ムードどころの話ではない。しばらくして、庭の舞台では胡風の音色が奏でられる中、白人とのハーフみたいな顔立ちの康蘭玲は華麗に舞い踊る。
「足利御前様、東国では念仏踊りしかご覧になれず、かような西方の優雅な舞は珍しいでしょうな」
嶋子は無視しながら松姫と語っている。
「ところで上様は江戸城にはいつお移りになれるのでしょうか」
「三郎(信之)が元服したばかりじゃ。もう少し経ってからがよかろう。それにいまは東方(アメリカ方面)や西方が動いておる。大坂を動けまい」
そして、食事となったが、天ぷら、おでん、松茸と鱧の土瓶蒸しなど並ぶ。
「して、此度は何用じゃ。大坂見物に来たわけでもあるまい」
「先ずは貞姫の事にてございます。今年、17と年頃……。世が世なら甲斐源氏武田の姫。然るべき嫁ぎ先が肝要。なれば織田家しかありますまい。三郎殿の正室で不足はないはず」
「待たれよ。聞き捨てなりませぬ。武田にとって不足はなくても、織田にとっては何の益も無かろう。歳が同じだけではないか。駿府殿(徳川家康)や織田家宿老も黙ってはおるまい」
竹子が食べかけたおでんを置き、吠える。
「知らぬであろうが近衛様の孫娘太郎姫に決まったも同然じゃ」
「太郎姫の歳はお幾つでしょうか」
「11じゃ」
「当分、子は産めぬではございませぬか。この先、産めるかも分かりませぬ。ならば早々に婚儀を取り計らい、正室にした後、貞姫を側室となせば良いはず」
「左衛門よ、如何じゃ」
「殿の側室は何人居ても足りませぬゆえ、まんざらでもないかと存じます。ところで嶋子殿、この話徳川家へは如何に……」
甲斐と信濃を領国としている徳川家には武田の遺臣が多く、もし武田勝頼や仁科盛信の娘が家康や秀忠の側室ともなれば、いささか厄介である事を信孝や竹子へ分からせるため広之はそれとなく仄めかした。
「流石は幕府総裁の幸田殿じゃな。今、駿府殿は出征されてるゆえ、内々に石川殿(石川数正)へ通しております。織田家で要らぬというのであれば、欲する所へ行くだけの話」
完全に形成逆転であり、竹子は鬼の形相となっている。
「全く食えぬやつじゃな。直ぐに答えは出せぬゆえ、しばし待たれよ。どうじゃ、左衛門よ、前向きな形という事で、貞姫を預かってはくれぬか」
「幸田殿、上様の仰せじゃ、貞姫と梶殿を預けますゆえ、よろしゅう頼みますぞ」
「貞姫はわかりますが……」
「貞姫ひとりには出来ませぬ。梶殿は織田家直参太田家当主の妹であり、頭も良い。梶殿が付いておれば安泰。それと小督姫と香具姫にも良い縁組を待っております」
ここで、松姫が口を開く。
「これで安心出来るというもの。武田3万の遺臣も喜びましょう。私や妹(菊姫)も時折大坂へ上がらせて頂きます」
ほとんど脅しである。こうして和やかとはいい難い宴は続くのであった。
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