○いつかぶりのメスガキさん

 お昼過ぎから始まったフィーアさんによる裁判。


 樹上にある、直径500mくらいありそうな広い盆地の中央には、拘束を解かれたマユズミヒロト達4人が居る。行儀よく座る彼らを挟む形で、私とメイドさん、フィーアさんがそれぞれ対峙していた。

 結構な時間をかけて、私たちと、マユズミヒロト達たち双方の事情を聴き取ったフィーアさん。ウーラの町のルールそのものでもある彼女によって開かれた裁判は、


「うふふ、それじゃあ~。町を破壊したマユズミヒロト、ササキアスカ、クロエには~、1年間。アタシの身の回りの世話をしてもらいま~す」


 というところで決着がついた。判決を下したのはもちろん、フィーアさん。今回は「おっとりお姉さんキャラ」らしいわ。まぁでも、そんなことはどうでも良くて、重要なのはフィーアさんが下した罰の方。その内容は「1年間の懲役ちょうえき」。この木の上で生活しながら、フィーアさんに付きっ切りで1年間フィーアさんの世話をするというものだった。


「異議ありです、生誕神様」


 当然のように、メイドさんが判決へと異議申し立てをする。今日は演じる人柄に合わせておっとりとした雰囲気を放つフィーアさん。だけど、反論したメイドさんを見る目は、ひどく冷たい。ここはアタシの町、文句があるのか、と、そう言いたげな目だ。それでも黙って、メイドさんの言い分を聞こうとしてくれている彼女の恩情に甘える形で、膝をついて頭を下げたメイドさんが進言を始める。


「人を1人殺した場合、諸国では最低でも10年程度はろうに入ります。それも、独房に。それに比べると、生誕神様が下される罰は、あまりにも……。あまりにも、軽く思います」


 こぶしを強く握って激情を抑え込み、努めて冷静に語るメイドさん。彼女の言葉を、フィーアさんは黙って聞き届ける。


「それで~? もう一度聞くけど、メイドはどうして欲しいのかしら~?」

「はい。死罪を……とは申し上げられません。ですが、実行犯であるマユズミヒロトだけでも、罰を重くして頂きたく」


 本当はマユズミヒロトを殺したいほど憎いだろうメイドさんが、他の国の判例も上げながら最大限の譲歩を見せる。それでもフィーアさんは、


「……無理」


 礼儀として素の表情を見せながら、首を横に振る。この瞬間、マユズミヒロト達の罪は決したと言って良い。


「良かったわね、まゆずみくん? 最大限、私たちの言い分が取り入れられた結果だと思うわ」

「そうだな。フィーアには、感謝しないと」

「1年間、ヒロトと一緒。むしろご褒美」


 安堵の表情を浮かべるマユズミヒロト一向とは対照的に、俯いているメイドさんの顔が、悔しさとやるせなさ。そして、怒りに染まる。その怒りが殺意に変わるのも、時間の問題だ。


「フィーアさん!」

「どうしたの~、スカーレット?」

「少し、2人きりで話せないかしら。もちろん、マユズミヒロト達の身の安全を確保したうえで、だけど」


 もし私たちだけがこの場を離れた場合、きっと……いいえ、絶対にメイドさんが暴走する。間違いなく、マユズミヒロト達に斬りかかることでしょう。そして、いくらメイドさんといえども、3対1では勝てるものも勝てないはず。……勝てない、わよね?

 とにかく、刃傷沙汰にはしたくない。私の言葉に、フィーアさんはコクリと頷く。


「分かったわ~。それじゃあ~……」


 フィーアさんが、メイドさん、マユズミヒロト、ササキアスカ、クロエさんの順に手を触れる。それだけで、全員が彫像ちょうぞうのように、動かなくなった。


「何を……したの?」

「全員を、〈保存〉しただけよ~?」


 ソトトソさんの遺体の状態を保つために使ったスキルを、全員に使ったのだと説明してくれる。


「えっと……、呼吸も止まっているように見えるのだけど?」

「大丈夫、大丈夫~。それよりほら、ミルキーでも飲みながら、一緒にお話ししましょうね~」


 一応、止まってしまったみんなの警護としてトィーラを1羽つけてもらった後、私はフィーアさんに連れられて、枝の洞の中にある部屋へと連れ込まれたのだった。




 『ラグ』と呼ばれる、丸くて白い絨毯じゅうたんの上に置かれた1対のソファ。膝くらいの高さの座卓を挟んで向かい合うように、私とフィーアさんは腰を下ろす。と、どこからともなくやって来た動物たちが、次々に食器なんかを運んで来て。続いて、見たこともないような果物をお皿の上に置いていく。最後に、ミルキー(邸宅でも飲んでいた、ミルクに香ばしくいぶした木の実の粉を混ぜた飲み物)が小鳥たちによって用意された。

 そうして、瞬く間に出来上がったお茶会の準備。手伝った小動物たちは、フィーアさんの頭や肩。膝の上で、思い思いにくつろいでいる。


 ――……動物たちに好かれるって、良いわよね。


 人慣れしたガルルやキャルでさえ、私が近づくと威嚇いかくしてくる。なかなか動物と触れ合えない私としては、フィーアさんやリアさんが羨ましい限りだった。


「それで~? 話って、なにかしら~?」


 フィーアさんがミルキーに口をつけた後、用件を聞いてくる。私も程よく冷ましてあるミルキーの甘さを堪能してから、口を開いた。


「分かっているでしょう? あまりにも、マユズミヒロト達への罰が軽すぎやしないかしら?」


 懲役ちょうえき1年。人を殺したにしてはあまりにも軽い罰だ。かつての主人であるフェイさんを殺されたという事情を抜きにしても、メイドさんの憤慨ふんがいはもっともだと思う。多分これは、身内贔屓びいきでも何でもない。事実として判決が軽いと、私はフィーアさんにあえて鋭い目を向ける。

 けれど、フィーアさんは先ほど同様。歯牙にもかけない様子で、ミルキーにもう1口、口をつけた。


「これは、実験なのよ~」

「……実験? ええっと、何の話?」


 『ネネク』と呼ばれる4足歩行の小動物によって運ばれてきたお茶菓子を頂きつつ、フィーアさんの真意を掘り下げる。


「うふふ。1つは、召喚者同士がまぐわって生まれた子供は人間族足りうるのか。もう1つは、本当に召喚者は人間族としか子を成せないのか。それをアタシは、確かめたいのよ~」


 1年をかけて、マユズミヒロト達を使って実験をするのだと。そう語るフィーアさん。だけど……。


「うん? 私は実験の内容が聞きたいんじゃなくて、罪が軽いと言っているのだけど?」


 実験と称した罰がどうして罰足りえるのか。それを聞きたかった私が眉をひそめると、フィーアさんが頭を抱える。次に彼女が顔を上げた時、そこには小憎らしい笑みが浮かんでいて……。


「……ぷぷっ♡ やっぱり、おねーさんって、頭が残念なんだぁ~♡」


 いつかぶりのメスガキさんの再登場だった。

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