○何がしたかったのかしら
書斎に籠る私たちの方に動きがあったのは、サクラさんの言う修行編が始まって3日が経った頃だった。
私とメイドさん。2人で手分けして目ぼしい本を読み漁っていると、いくつか前任の死滅神が印を残した部分やページがあった。多かったのは、
「これ……っ!」
事務机に座った私は、思わず声を上げてしまう。開いていたページにあったのは、職業の遺伝について。親が特定の職業にある場合、子もその職業を受け継ぐ傾向にあることを示す内容だった。重要なのは、そこから直筆の線が伸びて書かれている
『俺の細胞が混じった子供であれば?』
と書かれていた。そこから考えられることとして、前任の死滅神は自分の子供に“死滅神”の職業を受け継いでもらおうとしていたんじゃないかしら。
「どうかされましたか、お嬢様?」
奥の方で別の本を読んでいたメイドさんが、私の声を聞いて様子を見に来る。
「ちょうど良かった。メイドさん、前任の死滅神に子供は居たの?」
「いえ、そのような話を聞いたことはありませんが……」
「なるほど……。これは、
白い手袋をはめた手を顎に当てて頷くメイドさん。つぶやく、というよりは囁くに近い声量で発された声だったけど、私は聞き逃さない。
「……どういうこと?」
「ああ、いえ。こちらの話です」
そう言ってまた読書に戻ろうとするメイドさん。なんとなく気になる言い方ね。私は椅子から立ち上ってメイドさんを引き留める。
「いいえ、言いなさい。命令よ」
いつもより少し強く言って、彼女の考えを引き出そうとする。私に捕まれた左手を翡翠の瞳で見たメイドさんは、もう一度私を見る。首を振って考えを変えないことを示すと、観念したように口を開いた。
「……お嬢様と初めてお会いした時のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、おおよそね。それがどうしたの?」
私はメイドさんの手を放して、椅子に座り直す。
「
思い出すように言ったメイドさんが、前任の死滅神……彼女の生みの親にあたる人物の書置きを指でなぞる。
言われてみれば、あの日。自分が何者かもわからないでいた私に対して、メイドさんはある程度見当がついているみたいなことを言っていたように思う。
「ご主人様と同じ、黒く美しい髪と赤い瞳だからなのか。それとも、私が死滅神の従者だからなのか。いずれにしても、森で1人佇むいかにも怪しい少女を勢いで殺さなかった理由はそれでした」
「ち、血の気の多い話ね……」
もしメイドさんの中に直感が無ければ。もし受け答えを間違っていれば。私はあっさりとあの場で殺されていた。
「最初はご主人様の隠し子かと思ったほどです。しかし、〈鑑定〉で覗いてみれば魔法生物……。そして、この書置き」
薄暗い部屋。暖色系の魔石灯に照らされて、愛おしそうに文字をなぞるメイドさんは、ぞっとするほどに美しい。肩口から何本か白金の髪をこぼしながら、メイドさんは私を見る。そして、最初に言った「予想通り」の内容を口にした。
「レティ。恐らくあなたは
「……え? メイドさんと、同じ?」
「はい。しかも、恐らく。ご主人様の血や細胞をかなり多く受け継いだ個体です。……そうですね、これを見てください」
そう言ったメイドさんが奥から持ってきたのは1冊の本。そこにはホムンクルスの作り方について載っている。内容は、ケーナさんが語っていたものと同じ。肉体と魔石を用意して、〈ステータス〉を付与する。そうして造り出した人間の真似事をする人形。それこそがホムンクルスなのだと書いてある。
「重要なのは、ここですね。付与した白紙の〈ステータス〉を、創造主がある程度操作できる点。そして、生まれ持った知識の操作」
「知識の、操作……?」
脳をこねくり回すということかしら。そんな技術、聞いたことも無いけれど……。
「どうやら、
それについてはケーナさんから聞いている。失敗作が、例えばジェリーと呼ばれる魔法生物になったりするってね。それが知識とどう関係するのかしら。
「もちろん、脳もその過程で形作られるわけです。つまり、脳の部分を構成する人物の細胞がそっくりそのまま作られる。記憶や知識も、その際に形成されるのだとこの本には書かれてありますね」
「うーんと……つまり?」
考えすぎて頭が熱くなってきたから、思考をメイドさんにゆだねる。
「つまり、素体となった人物と全く同じ記憶を持つホムンクルスを造ることも可能なのでは無いか。それがこの本の主題ですね」
「なるほど……? そのことと、子供に職業が遺伝しやすいことと何か関係が?」
「んふ♪ それはどうでしょうか。ひとまず、
む、難しい話だわ……。けれどとりあえず、メイドさんが何に対して「予想通り」だったのかを聞き出せたことは大きいわね。聞き出さないと彼女、すぐに秘密を作っていくから。……今は私が主人なのに。
「本当に、それだけ?」
「はい♪ それより、お嬢様。頭を使って糖分を欲しているのではないですか? 実は冷蔵庫に『プリン』を用意しておりまして……」
「ぷ、プリンですって?!」
ピュルーの卵と砂糖を使って作る、甘くてプルプルの黄色いお菓子……っ! 以前サクラさん経由で知った、チキュウ由来の揺れる至宝。
別荘にはほとんど食料が無い。だから、紅茶を飲むことは出来ても、こうして甘味を食べることは無かった。久しぶりの糖分に、私の喉が鳴る。
「お、おほん。そうね、少し休憩にしようかしら」
「んふ♪ では先に上がってお待ちしておりますね♪」
そう言って書斎を出て行ったメイドさん。私も本を片付けながら、念のため、手元の紙に今日分かったことを書いていく。
「子供には職業が遺伝しやすい職業遺伝の法則と、ホムンクルスには自分と同じ記憶を持った個体を造り出せるかも? っと……」
前任の死滅神が私を作ったのだとして、一体何をしたかったのかしら。考えるのは後にして、私も書斎を後にする。待っているのは至極の甘味。今の私の脳はクタクタ。きっと美味しいに違いないわ。
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