○修行編って、なに?

 翌日。それぞれが思い思いに過ごす中。私は昨日に続いて地下室へ向かっていた。この別荘の地下にあるのは様々な資材が置かれている倉庫と転移陣がある小部屋。そして、書斎。木で造られた視覚的にも温もりのある上階に比べると、のっぺりとした石材で造られた地下はひんやりとした印象を受ける。実際は、地熱のおかげで肌寒い、程度なのだけど。

 この別荘で私がなすべきは書斎にある本を片っ端から読んでいくこと。そこに前任の死滅神や私についての情報があるかもしれないからこそ、ここに来たんだもの。金属でできた扉を開くと、薄暗い空間に出る。魔石灯のスイッチをつけると露わになる1辺6mくらいの正方形の部屋。

 正面奥には立派な事務机。それ以外は背の高い棚で埋め尽くされており、数えきれない本が収められていた。


「よ、よしっ。頑張りましょう」


 こうして地下に居ると、私を実験動物として見るケーナさんの顔がちらつく。もしあの時イチさんが助けてくれなかったらと思うと、今でも震えそうになる。そんな恐怖を押し殺すように声を出して、私は本の背表紙を見ていく。てっきり難しい本ばかりだと思ったけれど、大半は物語みたい。中には数十巻からなる大長編もあるみたいだけど。


「どうして順番通りに並べないの?!」


 明らかに整理が行き届いていない本棚を見ていると、モヤモヤする。昨日掃除した時も、気になって気になって仕方なかった。埃を落とすだけじゃなくていくつか整理したせいでアイリスさんに料理を任せることになったと言ってもいいわ。

 時間が足りなくて昨日は出来なかったけど、今日は。


「覚悟なさい。徹底的に、整理してあげるわ」


 整理をしながら本の内容を確認して、死滅神と関係なさそうなら本棚へ。関係がありそうなものは事務机に並べて、あとで読むことが出来るようにしていく。背が届かない場所があるのは、仕方無――くない。あとで台でも持ってきて、全て整理することにしましょう。午前中ずっと整理して、ようやく半分と言ったところだった。そうして、迎えたお昼ご飯の時間。地上に上がってみんなの顔を見ると、無性に心が安らいだ。

 昼食は、メイドさんが2㎞ほど離れた湖で獲った魚を使った料理だった。骨と格闘しながら、ふと、私は気になったことを聞いてみる。


「メイドさんはご飯を獲りに行っていたとして、サクラさん達は何をしていたの? 暇をしていなければいいのだけど」

「ふふん、それは大丈夫だよ、ひぃちゃん! ね、アイリスさん?」


 サクラさんの声に頷いたアイリスさん。

 なんでも私が別荘での用を済ませる間、サクラさんたちは「修行」するらしいわ。レベル上げとも言えるわね。幸い、別荘の周辺には動物や魔物がいる。そして、リリフォンやディフェールルでたくさん狩猟系の依頼を受けたサクラさん。食料確保も兼ねて森に繰り出そうとした彼女を止めたのは、ギルド職員でもあるアイリスさんだった。いわく、森ではサクラさんが使う弓の射線が通らないこともある。最低限の近接術も身に着けるべきでは無いか、とのこと。


「つまり、サクラの修行編の始まりだ~!」

「その言葉の意味はよく分からないけれど、サクラさんはアイリスさんから剣術を習うわけね。それにしても、アイリスさん、戦えるなんて驚いたわ」

「私の剣術も最低限、ですけどね。幼いころにウルで剣聖と呼ばれる方から指導してもらいました」


 言いながらも、食べるのが難しい魚すらも美しく食べていくアイリスさん。王女にギルド職員に、剣士。いろんな顔を持っているアイリスさんには驚かされてばかりだわ。だけどそれも、全ては“王女”として人々の期待に応えながら、努力を重ねた結果なのでしょう。私も見習わないと。


「午後はお嬢様の方をお手伝いしますね。わたくしも書斎は初めて入るので、楽しみです。可能であればサクラ様とアイリス様には、夕飯の支度をお願いしたいのですが」

「わっ、いろんな意味で責任重大だ……。でも、任せて!」


 夕飯の支度と聞いて一瞬、アイリスさんの方をちらっと見たサクラさんが自分の胸を叩く。続いてアイリスさんも同意する。


「私も精一杯サポートするので、頑張りましょうね、サクラちゃん。狩りは外で遊んでいるポトトとも一緒に行きましょう!」


 こうして、私とメイドさんで書斎整理。サクラさんとアイリスさん、ポトトが修行をする日々が始まった。

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