○結局、したのね……?

 もうすぐお昼を迎えようかという時間。白石しろいしの石畳が敷かれた、真っ白な道を北に向けて歩く。鳥車が余裕をもって1台通れる大きさの道の両端には白い壁と黒い屋根を持つ家々が並んでいて、道と家の間には透き通った水が流れる水路がある。ふとした瞬間に耳を澄ませてみれば、心地よいせせらぎが聞こえてきた。

 魔法陣の修復が進む大神殿を目指しているのに、道の先には切り立った山々しかない。その疑問についてはひとまず置いておいて、私はメイドさん達のここ1か月の話に耳を傾けていた。


「なるほど。じゃあメイドさん達は白鯨はくげいの親子を殺してしまうんじゃなくて、追い払うという依頼を受けたのね?」


 てっきり白鯨と大立ち回りをしたものだと思ったのだけど、どうやら違うみたい。でも、不要な殺しを回避しようとするアイリスさんの判断を、私は誇らしく思う。白鯨を殺して素材が欲しいというのはあくまでも人の視点の話だもの。白鯨が人と敵対する可能性もはらんでいることを考えると、アイリスさんと、その依頼を受けたメイドさん達の判断は正しいのだと私は思いたいわ。

 私の確認に答えてくれたのは、茶色い髪を揺らしながら少し前を歩くサクラさんだった。


「うん、そう。わたしがダメもとで飛空艇を借りられないか聞きに行ったら、『メイドさんの力を貸して欲しい』って頼まれるんだもん。びっくりしたよ~」


 白鯨から距離を取って停泊した船の上から移動できる〈瞬歩〉。そして、言いたいことを相手に伝える〈意思疎通〉と、相手の言っていることを自分の知る言語に変換する〈言語理解〉。アイリスさんにとって、その3つを持っているメイドさんは希望の光だったということね。


「メイドさんがポトトと日常的に話している姿から、〈言語理解〉と〈意思疎通〉。ミュゼアから飛び降りた時に使った〈瞬歩〉。アイリスさんは別荘でのそれぞれを覚えていたのね」


 逆を言えば、アイリスさんがメイドさんをきちんと観察していなければ。あるいは、別荘での出来事を覚えていなければ。メイドさんに白鯨を追い払う依頼をすることは無くて、白鯨親子は殺されていたでしょう。


「さすが、アイリスさんだわ! って、この話の流れなら、もしかして!」


 立ち止まった私は、期待を込めて周りを見渡してみる。


「お嬢様。残念ながらアイリス様はいらっしゃっておりません。『友人との約束の時が思いのほか早く来てしまいました』とおっしゃっていたので、今頃は冒険者ギルドの方にこもっておられるはずです」

「そう……。半年近く会っていないから、そろそろかなと思ったのに」


 今度、手紙でも書こうかしら。いつも誰かの手紙を届けてばかりだけど、たまには自分の手紙を届けてもらうっていうのも風情があるわね。まぁ、ただでさえ運行本数の少ないハリッサ大陸とアクシア大陸との船が次に往来するのがいつなのかって話はあるけれど。


「お嬢様。転移陣の修復が済めば、これからはアイリス様の都合さえつけば何時でも会いに行くことが出来るのです。お手紙では無く、その愛らしい笑顔を見せてあげて下さい」

「そ、そうよね。……ところでメイドさんって心を読むスキルでも持っているの? もしそうじゃないのだとしたら、逆に怖いのだけど?」


 私、手紙を書こうなんて一言も言っていないのに。


「んふ♪ さて、スキルと観察術。どちらなのでしょうね?」


 意味深に笑うメイドさん。本当に、隠し事が多いメイドなんだから。私はため息をついた後、止まっていた足を再び動かし始める。


「それで? 白鯨親子の追い払い……今回は保護と言うべきね 。白鯨保護の依頼の詳細は? 報酬はさっき言っていた、船の手配だけだったの?」

「はい。サクラ様が初めから情報を全て明かしてしまったので、わたくしたちが欲しているもの……弱みを見せてしまいました。結果、アイリス様にまんまと利用されてしまい……」

「あっ、メイドさん! その言い方、良くないっ!」


 よよよ、と目元を覆いながら言ったメイドさんに、サクラさんがえる。


「メイドさん。少し前までただのコウコウセイ一般人だったサクラさんに情報戦を求めるなんて、酷なことだと思うわ?」


 しかも相手は王女かつ受付係として数多くの人たちと舌戦を繰り広げているだろうアイリスさんだもの。初心者が挑めるような相手ではないと思う。メイドさんもそれはきちんと分かっているみたいで、あくまでもサクラさんをからかっただけみたい。「承知しています」と可笑しそうに笑った後、白鯨の保護依頼をまとめてくれた。


「今回はサクラ様の素直さのおかげで、話はとんとん拍子に進みました。結果、わたくしたちがウルセウを訪れて3日後、明け方に依頼へと向かいましたね」

「依頼に向かうって言うと、船を出したんでしょう? ギルドと国の方針とは違う依頼をしに行った船を、みんなよく見逃してくれたわね」


 私が言うと2、3歩前を歩いていたメイドさんとサクラさんが同時に立ち止まって、きょとんとした顔で私を見る。


「え、ど、どうかした? 私、変なこと言ったかしら?」


 うろたえる私に対して、メイドさんとサクラさんは視線を交わした後。


「ひぃちゃん、今だよ、今。ほら、さっき言ってたやつ」


 サクラさんが声を潜めてそんなことを言ってくる。さっきまで言っていたこと? そう疑問を顔に出す私に、メイドさんが手がかりをくれる。


「カルドス大陸を出る手段について話していた時、お嬢様が、それはもう得意満面に仰っていたことです」

「言い方が引っ掛かるけれど、いいわ。カルドス大陸の話で私が言ったことと言えば……あっ」


 思えば、アイリスさんの依頼は国の方針を裏切るようなもの。そんな依頼を、あまつさえその国の王女がしているんだもの。おおやけに行動するわけにはいかない。


「密航、したのね?」


 恐る恐る聞いた私に、2人は困ったように笑いながら頷く。1週間以上も稼働していなかった港は全く人気ひとけが無くて、想像以上に簡単に船を出せたらしかった。もしもの時に責任を取れるように、アイリスさんも船に乗っていたというのだから驚きよね。


「そうしてアイリス様先導のもと白鯨に近づき、息継ぎのために白鯨の母親が浮上してきたところでわたくしが〈瞬歩〉で接近、対話をしました」


 もちろん、最初は少し抵抗したらしいけれど、メイドさん曰く「少しだけ、目を覚まさせてあげました♪」とのこと。少し落ち着きを取り戻した白鯨相手にどんな対話をしたのかと言えば、育児についてらしい。


「初めての出産後、群れからはぐれて神経質になっていただけのようでした。1人だけで頑張ろうとする姿は、どこかのお嬢様を彷彿ほうふつとさせましたね?」

「そこで私の方を見られても困るわ、メイドさん?」


 そこから親子を、近海の潮流が緩やかな子育てしやすい場所に誘導して、人々が活気づく時間になる前には帰港した、と。これが、白鯨討伐ならぬ白鯨保護依頼の顛末てんまつだった。


「表向きには、突然、白鯨が居なくなったということになっているでしょうね」

「その時に船を運転してくれたおじさんが、ハリッサ大陸まで連れて来てくれんだ~」


 そうしてハリッサ大陸へとたどり着いたメイドさん達。あとは転移陣を修復する傍ら、私とリアさんが居るだろう浮遊島を探そうという時に、メイドさんに職業衝動が走ったということね。多分、私がどうにかして着地した時、もしくは休眠状態になる直前……命の危機に瀕していた時でしょう。


「そうして1時間ほど反応があった周辺を探してみれば」

「なぜか切腹しようとしてたリアさんを見つけたってわけ。以上、大体のわたし達の行動でした!」


 サクラさんが元気よく締めくくったところで、ちょうど私たちは道の突き当りである山にぽっかりと穴が開いたところにやって来た。位置にすると、イーラの最北。最南端にある邸宅とは真反対の位置にあって、距離にして4、5㎞くらいじゃないかしら。


「これが、神殿……?」

「はい。というわけで……ようこそ、死滅神様。こちらが貴方をまつるために数百年もの間受け継がれてきた施設――氷晶宮ひょうしょうきゅうです」


 洞窟の前で優雅に一礼してみせたメイドさんは、洞窟の先にある死滅神の大神殿へと私を誘うのだった。

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