○うちのメイドは優秀過ぎる!
「今頃、サクラさん達は何をしているのかしら?」
宿の窓から外を見遣って、私は1人呟く。ティティエさんの加入で忘れていた帰りたい気持ちが、再び、私の中でむくむくと顔を覗かせ始めていた。
第3層に来て初めての宿。この階層まで来るのは、それこそ冒険者くらいしか居ないからでしょう。1つの徒党と同じくらいの人数……4~5人で使用する部屋がほとんどらしい。そんな宿の1室を借りて、私たちは全員で宿泊することになっていた。
「お嬢様。〈防音〉の設置が終わりました」
「ありがとう、メイドさん。……あなたとしては、4人部屋で良かったんじゃない?」
「……今日の夕飯は覚悟してくださいね、お嬢様」
びっくりするくらい冷ややかな目で、メイドさんに見られてしまった。……これは、本当に怒ってるやつだわ。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 調子に乗ったわ、だから冷や飯だけは許して!」
「はい? 人の弱みを面白がる方に食べさせるご飯などあるとお思いで?」
「あ、う……」
私が悪いのは、間違いない。そして、私たちの食糧事情を管理しているのは〈収納〉を持つメイドさんだ。彼女がその気になれば、たちまち私たちのご飯は消え去ってしまう。
「改めて、からかってごめんなさい。だから、せめてパンだけでも頂けると嬉しいわ、です……」
頭を下げて、慣れない敬語を使って、精一杯の謝意を示す。
「……はぁ。何度も何度も申し上げますが、上に立つ者がそう
「けれど。立場なんて関係なしに、私は想いを伝えるための手段は大切にしていきたい」
腰は折ったまま顔を上げて、きちんとメイドさんの瞳を見て話す。自分の言葉が、相手にどう伝わるかなんて分からない。だったら自分の想いがなるべく正しく伝わるように、使える物は使っていきたい。こうやって、目を使って、身体を使って。器用なのに不器用だとよくよく評される私には、これくらいでちょうどいいと思うの。
「だから、ごめんなさい。幽霊を怖がるメイドさんの可愛い姿が見られて、気持ちが高ぶっていたんだと思う。これからは悲鳴を上げるメイドさんを、こっそり楽しむだけにするわ」
失敗の理由を考えて、次からはどうするのか。謝る時はそれが大事だってサクラさんは言っていた。だから私も、実践してみたのだけど……。
「まったく、このお嬢様は、本当に……」
「本当に?」
「いいえ、何でもありません」
メイドさんは何も言わなかったけれど、彼女が主人と認めてくれる日が遠のいたことだけは分かった。
「うう……。きょ、今日は我慢するから。せめて明日は食べさせてくれると嬉しいわ?」
頭を上げて、与えられる罰を真摯に受け止めることにする。腕を組んだまま、私を翡翠色の瞳で見つめること数秒。大きく……それはもう大きく息を吐いたメイドさんが、怒りの表情で
「仕方がないお嬢様には、夕飯の準備を手伝ってもらいましょう。きちんと手伝って頂ければ、非礼について流すこととします」
「え、それって……」
ご飯があるということ? そう目で訴えかけると、メイドさんは表情にあった険しさを取り除いて頷いてくれる。
「本当?! やった! お手伝いをすればいいのね、ええ、任せて! 残ったシャーレイのお肉、私が全部
残ったシャーレイのお肉もわずか。最後は王道に衣をつけてふわっと揚げよう。そう言った私に、メイドさんが頭を抱える。
「それはあなたが食べたいだけでしょう……。まぁ、お嬢様ならそう言うと思って、ユリュ達に不足している香辛料などを買いに行かせています。彼女たちが帰ってくるまでに肉を切り分けておきましょう」
さっきからポトト、ユリュさん、ティティエさんの姿が見えないと思っていたけれど、3人でお使いに行ってくれていたみたい。物価は間違いなく高いけれど、食事と睡眠は全ての基本だもの。あまり妥協はできないわよね。
「自分で言っておいてなんだけど、揚げるための油は足りているの?」
「皮揚げに使った先日の油を再利用できるよう保管しています。それを鍋に入れて、温めましょう」
「うちのメイドが優秀過ぎる……っ!」
当然です、と、そう言って誇らしげに笑うメイドさん。頼もしい彼女と一緒に私は宿の調理場へ向かった。
そんなこんなで、その後は特段の山も谷も無い第3層における私たちの旅路は10日間も続いた。……だって、第3層はほとんどが暗闇の、荒涼とした場所だ。右を見ても左を見ても、ぼんやりと薄暗いだけの景色が広がっている。光るキノコのアッセが所々にあるだけで、これと言って景色の変化もない。生物の多様性という意味でも、不死者の魔物が支配する第3層にはほとんど何もいない。さすが“死者の階層”と言ったところかしら。
個人的な山としては、幽霊の行進に遭う度にメイドさんが可愛い悲鳴を上げて姿を消すことくらい。頻度としては1日に1回あるかないか。だけど、幽霊の行進はその名の通り、死体がない……幽霊が発生しない場所では絶対に起きない現象だ。人生で1度も遭わない人の方が多いでしょう。そう思えば、1日1回はかなりの頻度なんじゃないかしら。
「きゃぁっ!」
今日もまた、メイドさんが〈瞬歩〉で消える。なんなら、少し音が鳴っただけで消える。私がいつの間にか幽霊の行進に慣れてしまったのに対して、メイドさんが幼少(?)の頃に負った心の傷は、なかなか深いみたい。それでも、この前みたいに腰を抜かすようなことは無くて、
「こほん、戻りました」
何事もなかったかのように、素知らぬ顔で鳥車に戻って来られるようにはなっていた。苦手を克服しようと、頑張ってくれている。
――本当にこの人は、凄い。
頼れる従者の姿に顔がにやけてしまいそうになるけれど、我慢、我慢。ここで頬を緩めるとまた晩ごはんが無くなってしまうから、表情を引き締めるのが毎回大変なのよね。幽霊から逃げて、その後に素知らぬ顔で帰って来て、だけど耳が少し赤いから気恥ずかしさを覚えている事だけは分かる。そんなメイドさんの可愛さを、私は胸の中だけで楽しむと決めたのだから。
「なんですか、お嬢様。その緩み切った顔は?」
「え? あ、あれ? えぇっと……。そう! 晩ご飯! 今日の晩ご飯のことを考えていたの。今日のキッセはどうやって料理しようかなってね。あ、それと……」
メイドさんの〈瞬歩〉は見えている場所にしか移動できないと思っていた。だけど、幽霊の行進に遭っている最中は
みたいなことをもっともらしく語って、必死で誤魔化す。ついでにキッセは、乾燥した場所に生えている赤く光るキノコよ。毒々しい見た目をしているけれど、大きさも硬さも味も食用に適していて、第3層の主食になっているキノコだった。
「……だから別に、怖がるメイドさんが可愛くて笑っていたわけではないの。……ほ、本当よ?」
「せめてもう少しだけ上手に嘘をついてください。……
ふいっと顔をそむけたメイドさんの耳は、やはり少しだけ
『スカーレット、メイド、仲良し』
「ええ、なんと言っても家族だもの。あ、もちろん、ティティエさんとももっと仲良くなりたいわ?」
『私、ついで。悲嘆』
「あ、違うの。そうじゃなくて――」
『冗談。私、スカーレット、仲良し!』
悲しそうな表情から一転、笑顔を見せてくれるティティエさん。
「もうっ! 死滅神に対して不敬を働くなんて。そんな怖いもの知らずのティティエさんには、そろそろ私の成長した
ここ数日、マッサージの時にティティエさんの弱点は見つけている。尻尾の付け根と、首筋、手首。基本的に、鱗に覆われている場所の周囲が、ティティエさんの弱点だ。そこをくすぐって力が入らないようにしてあげれば、私にだって勝機はある。やられっぱなしは、性に合わないの。
『また、やる? 分からせ、する』
「その余裕の態度……。後悔させてあげるんだから!」
「死滅神様! そろそろ目的の洞窟が……って。
ポトトの背中から飛び降りて、器用に荷台に着地したユリュさん。どうやら私たちの目的地“異食いの穴”が見えて来たらしい。だけど、そんなことよりもユリュさんにとっては私とティティエさんの決闘の方が大切な様子。荷台に座って肩を引っ付け合う私とティティエさんとを、瞳孔が開いた瞳で見下ろしている。
結局、ここに来るまでユリュさんとティティエさんが仲良くしているところは1度も見かけなかった。だけど、強者に強い憧れを持つユリュさんにとって、フォルテンシア最強種族の
――仲良くなる
あとはどうやって2人の接点を作るかなのだけど、そこは50年も生きる大人なティティエさんが余裕を見せてくれた。
「
ピンと尾ひれで立ったまま、
『2人がかり、余裕。来る、良い!』
2対1でも大丈夫だと言ってのけた。人見知りのユリュさんが1人でティティエさんに話しかけることはない。だけど、私と一緒なら。そう言うことだと思う。……まぁ、それはそれとして。本当に、舐められたものね。
「いいわ、やるわよ、ユリュさん。今こそ私たち2人で最強の角族を倒すの」
「し、死滅神様?! は、はいっ、共同作業、
「その意気よ! ティティエさん、覚悟しなさいっ」
こうして私たち2人があっけなくティティエさんに
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