○嵐の夜に

 リアさんが私について来てくれた理由。そこには違いなく、フェイさんの記憶から来る同情の成分は含まれていたでしょう。だけど、それだけじゃないと私は信じたい。


「結局、リアさんは……フリステリアは私を可哀そうだと思ったから、無理をしてついて来てくれたの?」

フリステリアは……。フリステリアも、スカーレット様に笑っていて欲しくて、だから……」


 口ごもったリアさんの気持ちを、私は代弁する。


「つまり、リアさんに笑っていて欲しいと思っている私と同じってこと?」

「はい。……いいえ。恐らく……?」


 恐らく。リアさんが自分の感情を理解していない証拠ね。だったら私が、先輩として……いいえ、姉として! 教えてあげようじゃない!


「いい? リアさん。それを人は『好き』って呼ぶのよ」


 これは、私の願望でもあるわ。リアさんが、フェイさんの記憶に起因した同情だけでついて来てくれたのではなくて。きちんと自分の意思で私について来てくれたのだと、私は信じたい。


「好き、ですか? スカーレット様は、フリステリアのことが好きですか?」

「ええ、好きよ。辛い経験もあったでしょうけれど、新しい環境に合わせて変わろうとするあなたが大好き」

「スカーレット様が、フリステリアを、好き……」


 驚いた顔をしているリアさんだけれど。ふん、この程度で終わると思わないで欲しいわ。私の姉妹を愛する想い、受け取りなさい。


「他にもそうね。まずは容姿からかしら。手触りの良い髪が好き。髪色も好きよ? 晴れた日なんかはデアの光が虹みたいになるもの。リアさんがそこに居るだけで、どの場面もきれいに映るんだから。目も好き。見ているだけで落ち着くし、嬉しいことがあるときらっと光の、気付いてる? 凹凸のある体つきだって、憧れるわ。私がどれくらい成長できるか分からないけれど、姉妹だったら望みはあるかしら? あ、でも身体の線は身長のあるメイドさんの方が一枚上手ね。でも柔らかさはリアさんの方が断然好きよ」


 紫色の魔石よりもなお美しい目を見開いて、私を見ているリアさん。この表情が見られただけでも満足だけど、次は目に見えない部分ね。好きとありがとうは、きちんと言葉にしないと伝わらないから。


「声も好き。少し甘いようで、なのに芯があると言うの? 名前を呼ばれるだけで、なぜかゾクッとするわ。匂いが好き。嫌なことを忘れさせてくれるし、やっぱり落ち着くもの。こう、安心感というのかしら。リアさんに全部委ねても良い気持ちになるわ。優しい所が好き。動物たちも魅了するってずるくない?! 私なんて、近づいただけで逃げられるのよ? キャルもそうだけど可愛い動物を見ると興奮してしまうのが良くないのかしら? いつもあの柔らかそうな毛を撫でているリアさんが羨ましいわ。動物と話すってどんな感じ? 私もポトトとお話をしたくて……。そう言えば、ポトトってどんな話し方をしているのかしら。なんだからサクラさんも分かり合ってるみたいな雰囲気を出していたし。それが羨ましくて……あれ、そう言えば何の話を……。ああ、そうね」


 気付けば立ち上がってしまっていた私。私をぼうっとした顔で見つめるリアさんの視線に気づいて、少し脱線しかけた話を修正する。


「ともかく。こんなことを考えていたのなら、それは好きってことよ。……どう? リアさんは私のこと、好き?」


 ぺたんと地面に座っているリアさんを見下ろして、聞いてみる。リアさんは転移させられそうになったあの時、死を覚悟するような状況に同情だけで飛び込んできたのか。それとも、多少なりとも好意を持って私を助けたいと思ったから来てくれたのか。

 尋ねた私に、リアさんは首を振った。


「いいえ。好きではありません」

「……そう。それは、残念だわ」

「はい、フリステリアは……リアはスカーレット様が大好きです」

「――っ! ふふ、だったら嬉しいわ!」


 リアさんが言った言葉が本心なのか、それとも。持ち前の奉仕の精神で、私がその答えを求めていると察したから言ってくれたのかは分からない。だけど。


「スカーレット様。リアは、少し分かった気がします」

「何が、かしら?」

「この感情がきっと、あの人たちが言っていた『愛してる』なのかもしれません」


 呆然とした顔で、だけど紫色の瞳にきらりと光る輝きを乗せて。愛していると言ったリアさんの言葉が本心であることを、私は願わずにはいられない。

 嵐の日の夜。結局、なんだかよく分からないけれど、私はリアさんと少しだけ分かり合えた気がした。


「って、どうしてこんな話になったのかしら……?」

「分かりません。ですが、愛する人に求めるものをリアは知っています」

「ん? 話の流れが久しぶりに不穏な方に……待って、リアさん、あなたの匂いが充満している今は、本当にダメ!」

「いいえ、スカーレットと触れ合うと、リアは笑顔になります。なので、スカーレット様はリアを笑顔にしてください」

「そう言ったけれど。確かに言ったけれど! それとこれは別じゃない?! それに、私もお風呂に入っていないから汗臭くて――」

「髪も、瞳も、小さく華奢な身体も。声も、匂いも、優しさも。あなたの全てを愛しています、スカーレット様」


 リアさんに押し倒されて、私はそのまま抱きしめられる。いつもよりもはるかに濃厚な甘い匂いとびっくりするくらいの柔らかさに包まれた私にはもう、どうすることもできない。リアさんのこういう好きの表し方は、本当に直して欲しい。


「分かり合うって、難しい……あっ、んっ……」

「うふふ。スカーレット様、可愛いです」


 紫色の瞳をあやしく光らせたリアさんによって、私は好き勝手され続ける。その日、外に出ていないのにぐったりと疲れた私は、リアさんの甘い匂いに包まれたまま熟睡するのだった。

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