○嫉妬と強欲
目的地を東の端にある丸印に決めてから、1週間が経った。私に残された時間は約2週間になる。必要な物を整理して、準備をするのに時間がかかってしまったけれど……。
「行きましょうか、リアさん!」
「はい。スカーレット様」
私とリアさんは日の出とともに、大樹の
――だったら私がリアさんと一緒に行動して、何が何でも守る。
隣できょろきょろ森を見回すリアさんの手を、ぎゅっと握る。私に索敵のスキルは無い。だけど、臭いや音、目を使えばきちんと警戒は出来る。隣に守りたいもの――リアさんが居れば、いつも以上に緊張感も増すというものよ。
「スカーレット様……?」
「リアさんは、私が守るから」
不思議そうに私を見たリアさんに宣誓して、私は改めて前を見据える。
今回、私が東の端に向かうにあたって決めた道筋は、島の真ん中を突っ切るものだ。というのも、2週間経っても島では肉食動物を見かけていない。途中、木の密度が高い島の真ん中付近まで行ったこともあるけれど、少し大きな草食動物がいるだけだった。
となると、やっぱり警戒するべきは草食動物たちを驚かせてしまうこと。
「だからまずは、私たちの存在を早めに教えてあげないとね」
ここで役に立つのが、この前リアさんに作ってもらっていた拍子木だ。それを腰に巻いて歩くことで、木札同士がぶつかり合って小気味いい音が鳴る。
小さな努力だけど、多少は効果があったみたい。小動物含めて、動物たちと出くわす機会がめっきりと減った。森から聞こえてくるのは、気持ち良さそうに歌う鳥のさえずりだけだ。
「ポトト、元気かしら……」
楽しそうに歌うポトトの姿が懐かしい。あのモフモフの羽毛と穀物のような香ばしい匂いが恋しいわ。……早く会いたい!
改めて地上に帰りたい気持ちを燃やしていると、
「スカーレット様には私リアが居ます」
立ち止まったリアさんがそんなことを言ってくれる。お礼を言おうとして振り返ったところにあったリアさんの表情は、少し眉を逆立てた、不服そうなものだった。
「リアさん。もしかして、怒ってる?」
「……? いいえ、そんなことないです」
そうは言うけれど、分かり辛いながらどう見ても怒っている。
「えぇっと……。何か私、気に障ることを言った?」
「いいえ。スカーレット様は、何も悪くないです」
むぅ……。頑固ね。なんとなくこのままではいけない気がした私は、ひとまず休憩することにする。日の出から出発しているし、朝食を取るのにもちょうどいい時間だしね。
「もうすぐ、縦穴が見えてくると思うわ。ちょうど島の中心辺りだし、そこで朝食にしましょうか」
「……はい」
過程で島の真ん中にある丸印の場所も調べたのだけど、そこには大きな縦穴があった。その縦穴の底にはそれはもう大きな紫色の大きな魔石が輝いていて、その魔石がこの浮遊島を浮遊島足らしめている〈飛行〉のスキルを持っているんだと思う。
今日も鮮やかに輝いている美しい魔石を見下ろせる崖。その崖から少し離れた場所にある木の陰に腰を下ろして、私たちは朝食をとることにした。お弁当箱に入っているのは『キノコと山菜の香草包み焼き 謎の木の実を添えて』ね。お昼には『ソラウサギの塩振りステーキ』が待っているわ。
お弁当箱と水を入れたコップをリアさんに渡しながら、私は改めて聞いてみる。
「リアさん。あなたは今、怒っているわ。どうして?」
リアさんはひょっとすると、自分の気持ちが分かっていないのではないか。そう思って断定した口調で聞いてみる。木の枝から作ったお箸を、私よりも器用に使いこなしてキノコを食べ始めたリアさん。基本的に“自分”に対する物事への反応が鈍いリアさんの返事を、私は焦らずに待つ。
やがてコクンと喉を鳴らしてお箸を置いたリアさんは、色の薄い唇をゆっくりと動かした。
「分かりません。スカーレット様がリア以外を必要としていることが……悲しかった、のかも、しれません」
言葉を詰まらせながらリアさんが言ったその感情は、私も最近になってようやく理解したものだと思う。
「それって嫉妬、なんじゃないかしら。大好きな人が自分以外と仲が良いと、もやもやする感じ?」
「もやもや……。はい、もやもやです。つまりリアは、スカーレット様に嫉妬をしていたんですか?」
「私というより、この場合はポトトに嫉妬したのでしょうけれど……」
だけど、きっとこれも良い変化だわ。誰かを好きにならないと、嫉妬なんて感情は起きないはずだもの。そして、好きって感情は、何よりも我がままで自分本位な感情だと思う。つまりそれは、リアさんが“自分”をしっかりと持ち始めた証になるはずよ。
「ふふ! リアさん、ポトトに嫉妬したのね? でも心配しないで。前も言ったけれど、私はリアさんのことも大好きだから!」
「スカーレット様は、リアが大好き……」
「ええ!」
「これからもずっと、リアを必要としてくれますか?」
「もちろん。頼るべきところは、頼るつもりだから。覚悟しておいてね?」
美味しいキノコを頬張ってうなずいた私に、リアさんもようやくほっとした顔になってくれた。再び食事に手を付け始めたリアさんを見て、私は考える。リアさんの言う「好き」「愛している」は、私がリアさんを求めているからなの? あなたを求める人には、あなたは今、私に向けてくれているものと同じ「好き」「愛している」を向けるのかしら。それは、なんだか……。
――きっと私のこれも、嫉妬なのね。
メイドさんに守られて、ポトトという温かさがあって、サクラさんやアイリスさんという友達だって居る。みんながみんな、私を特別に思ってくれている。なのに、なおも私はリアさんからの特別な「好き」が欲しいと思ってしまう。私がリアさんを特別に思っているように、リアさんも私を特別に思って欲しいと願ってしまう。
「……なんて、欲張りなのかしら」
1人呟いて、私はお弁当箱に入った残りのキノコを一気に平らげるのだった。
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