○諦めるにはまだ早い
朝食を終えて、再び森を歩くこと3時間くらい。デアがもうすぐ天頂に登るという頃。
「やっと、着いたわ」
「ふぅ、ふぅ……。はい、スカーレット様」
私たちはついに、島の東の端にたどり着いていた。ここまで来るのに、私の『体力』は大体3分の1にまで減っている。リアさんも、慣れない長距離移動に息を切らしている。だけど。
「無茶をした甲斐は、ありそうね……っ!」
手でひさしを作る私と、膝に手を付いているリアさんが見上げたその場所には、かなり立派な木造建築物があった。むしろ、地図であれほど強調されていた場所に何もなければ、いよいよこの浮遊島には何もないということになる気がする。
「良い判断よ、ちょっと前の私!」
真っ先に東の端を調べようと思った私自身を褒めてあげながら、私は早速、木造の家に歩み寄る。
横幅は、ササココ大陸にあった死滅神の別荘と同じくらいかしら。4人で生活しても、苦にならないくらいの大きさね。別荘との違いは、目の前にある家は平屋建てだということかしら。
「見たところ、崩れた様子もない……。小屋よりも新しい建物なのかも? あるいは造りの問題かしら」
ともかく、人が住むには十分な住居だと言えた。
「でも、ここも多分、今は人が住んでいないのでしょうね」
私が肩越しに振り返ったそこには、荒れ果てた畑がある。実はこの家に来るまで、100mくらいは平地だった。不自然に木が無くなっていたことからちょっと寄り道して調べてみたら、人の手で整地されたような跡があったというわけね。本来ならたくさんの農作物が植えられていたのでしょうけれど、もう何年も手入れされていないように見えた。
恐らく家に、人は居ない。それでも万が一ということもある。
「リアさんはナイフを持って、ここで待っていて」
入り口から少し離れた所でリアさんには待ってもらって、私は家の入り口に続く短い階段を上る。……私が乗っても大丈夫なあたり、やっぱり木が腐っていたりはしていなさそうね。
いつでも〈瞬歩〉を使えるように心の準備をして、
「こんにちはー! 誰かいるかしらー!」
いつかと同じように扉を叩いて声をかける。だけどやっぱり、どれだけ待っても反応は無い。試しにドアノブをひねってみると、鍵はかかっていなかった。というより、そもそも鍵穴がない。不用心ではないのでしょうね。泥棒なんかを警戒する必要が無かった……つまり、この浮遊島には自分と、信頼できる人(恐らく小屋の人)しかいなかったということだと思う。
壁や床の具合を確認しても、今すぐに崩れるという心配はなさそう。これなら、リアさんを入れても大丈夫そうね。
「リアさーん! こっち、こっち」
私の呼びかけにうなずいて、小走りにやって来たリアさんと2人で家の探索をすることにした。
その家には、玄関からまっすぐに続いた廊下の先にある横に長い居間と、廊下の左右に部屋が1つずつあった。正面――居間には大きなケリア鉱石の窓が東向きについていて、崖の先にある雲や山を家の中に居ながら見下ろすことが出来る。窓が広く大きい分、採光も十分で午前中であれば魔石灯が無くても十分に見えそうね。
木の床には何度も何度も人が行き来したような跡があって、やっぱり人が住んでいたのだと分かる。
「こ、こんにちはー……」
念のために玄関から呼びかけて見ても、反応は無い。……さすがにもう、中に入っても大丈夫よね?
「えっと、廃屋の探索の手順は確か……」
ずっと前、イチマツゴウの一派が根城にしていた小屋を調べた時に、メイドさんから少しだけ探索の決まりを聞いていた。
『まず1つ。そこが廃屋であることをきちんと確認してください。でなければ、
腕を組んだまま指を立てて語るメイドさんの姿を思い出す。この手順は、何度呼びかけても反応がないこと、荒れ果てた畑なんかから確認した。
「次は、死角を失くすこと。動物や野盗たちが寝床にしている可能性があるから、だったかしら。野盗だったらむしろ会いたいくらいだけど……」
現状、死角と言えば廊下の両側にある部屋の扉ね。締め切られているから、中に誰か・何かが居るかもしれない。
「この時は、声で驚かせないよう呼びかけせず、慎重に扉を開くんだったわね」
リアさんを壁際に立たせて、私はゆっくりと玄関から見て左側の扉を
と、そこは寝室だった。私とリアさんで眠っても余裕がありそうな大きめのベッドが1つだけある。他には両開きの衣装棚が2つほどあるけれど、これと言って普通の寝室ね。床に積もった埃に乱れがないことから、誰も居なさそう。
続いて右側の扉を開くと、そこには
「さっきのが寝室だとすると、こっちは作業場ってところかしら」
こっちにも衣装棚と
「
色々疑問はあるけれど、考えるのは後ね。残す死角と言えば廊下の突き当りにある居間ね。リアさんを私の後ろに立たせて、居間を覗いてみる。前方は、さっき言ったようにケリア鉱石張りの大きな窓になっている。左右に広い居間の右側には、暖炉、暖炉の前にある布製のソファ、座卓が見える。底冷えを嫌ったのか、ソファや座卓の下には、大きな丸いふわふわの布――確か『ラグ』だったはず――が敷かれていた。
「まさに居間ね。となると左側は……。そうよね。台所と、食卓!」
小屋にも少なからず生活感はあったけれど、この家ほどではないでしょう。魔石灯を始めとした魔法道具もあるし、小屋には無かった
「で、これだけきちんとした生活を送っていたのなら、間違いなくアレもあるはず!」
そう思ってもう一度、部屋全体を見渡してみれば……あった! 私が見つけたのは、暖炉のある居間から繋がる扉だ。ここに人が暮らしていたのなら、恐らくあの扉の先は、きっと。
はやる気持ちのまま、扉を開いてみれば……。
「やっぱり! 浴場!」
食事、寝床をそろえた私が、地上への帰還方法の次に求めていたもの――お風呂がそこにあった。
本当は、今すぐに服を脱ぎ捨てて温かいシャワーを浴びたいけれど、ここはぐっと我慢。リアさんを守れるのは私しかいないんだもの。しっかりしないと。
「探索の手順、3つ目。環境の調整!」
今回、この家に必要なのは主に2つ。まずは、部屋の換気だ。廃屋には人体に悪い影響を及ぼす毒の空気が充満していることがある。他にも、埃を吸い続ければ呼吸に悪影響が出てくる。
探索は、時間をかけて行うものだ。家の強度もそうだけれど、探索中の安全の確保は大切だった。
「リアさん。それぞれの部屋の窓を少しずつ、開けてきてくれる? 物が風で飛ばないように気を付けて?」
「……! はい!」
出来ることがあると言うのが嬉しいのか、幾分か興奮した様子でリアさんが廊下を駆けて行く。換気はリアさんに任せて、私は夜も部屋の探索が出来るのかを確かめることにする。
さっき確認したように、天井には魔石灯がある。あとは点くかどうかね。手近な壁にあった
「まぁ、のちのち
ともかく、部屋の掃除さえしてしまえばここで生活することは出来そう。嬉しい反面、気がかりなこともある。そう、パッと見た感じ、地上に帰るための“何か”があるようには見えない。
「まだ諦めるには早いわよ、
残すは2週間。それまでに、私はリアさんと2人で確実に地上に帰ることが出来る方法を探さなければならなかった。
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