○フェイさんとリアさん
リアさんが命の危険を冒してまでついて来てくれた理由を尋ねた私に、
「分かり、ません」
リアさんは消え入りそうな声で答えた。私はリアさんの正面に腰を下ろす。そして、
「分からない? どういうこと?」
「分かりません。
質問に質問で返してくるリアさん。その顔は、とても悲しそうで、苦しそうで――。
「ど、どうして泣きそうなの、リアさん?! 私、何か変なこと言ってしまった?!」
「いいえ。スカーレット様は悪くありません。悪いのは、スカーレット様の質問に答えられない
表情とは裏腹に、淡々とした声で語るリアさん。あなたは感情を消した、なんていうけれど、だったらどうしてそんな顔をしているの……?
今のリアさんは、自分の感情がわからなくて戸惑っているように見える。これまで、リアさんが生きるために自分の意思で閉じ込めてきたものが「感情」だ。それを取り戻してほしくて、私はメイドさんたちと協力しながら、リアさんに色んな景色を見せて、経験を積ませてきた。
でも、ひょっとすると、リアさんにとってはとても辛いことを
――だって、幸せを知れば、不幸を知ることになるんだもの。
リアさんに幸せを知って欲しい、笑って欲しいと思うのは私の我がままだ。リアさんはそれを望んでいないのかもしれない。
――私はリアさん本人の意思を、これまで無視してきたんだわ。
そう思うと、途端に申し訳ない気持ちで一杯になる
「ご、ごめんなさい。私、リアさんには笑顔で居て欲しくて……。なのに、そんな顔を……」
謝った私に対して、リアさんはフルフルと首を振る。
「いいえ。
「重い、だなんてことないわ。私なら平気で――」
「嘘です!」
リアさんが出したとは思えない声量に、私は面食らってしまう。だけどすぐに気を取り直して。
「嘘じゃないわ。“死滅神”は私が生きる意味で、進むべき道。不満の思ったことなんて一度もないわ」
「いいえ、嘘です」
改めて、断言するように言ったリアさん。
「
「私以上に……?」
どういうことなのか。問おうとした私は、気付く。リアさんには、フェイさんの記憶がある。それはつまり、“死滅神”として生きた数十年分の記憶があるということ。
「
「分かる……? 一体、何が?」
「死滅神という、誰よりも孤独で、可哀そうで、救われない。その在り方が、分かります」
そう言ったリアさんの私を見る目に宿る感情は慈しみなんかじゃない。ただただ哀れな人にだけ向けられるその眼差は――。
――ああ、そういうことね。
ここでようやく、私は理解した。まず1つ。今、リアさんが私に付き添ってくれている理由。それは間違いなく哀れみから来る同情だ。そして、もう1つ。これはある意味、私が初めて知るフェイさんの素顔かも知れないけれど。
――フェイさんは“死滅神”という
きっとフェイさんにとってこの職業は、呪いに近しいものだったんじゃないかしら。じゃないと、私に同情という感情を向けることなんてない。
そうなると、別荘でメイドさんと語り合った話――フェイさんが私やリアさんを作った目的も見えてくる。世間一般から見れば、フェイさんが“死滅神”の職業を独占しようとしたように見えるかもしれない。記憶を引き継がせる実験が一部成功しているのは、リアさんを見れば明らかだ。私が本当にフェイさんの血を継いでいるのだとすれば、
――だけど、もしフェイさんが憎むほどに己の職業のことを嫌っていたのだとしたら。
果たして死滅神であることを独占しようとするかしら。いいえ、そんなわけない。でも事実として、フェイさんは自身の記憶と職業を「ホムンクルス」に引き継がせる実験を行なっていた。……そう、きちんと食事さえとれば半永久的に生き続けられるホムンクルスにね。
これらのことから分かるのは、フェイさんの人柄でしょう。
「そう……。あなたはとっても優しいのね、
「……? いいえ、優しくありません。自身の役割を放棄した、卑怯者です」
ほら、語るに落ちたわ。フェイさんはやっぱり、大嫌いな死滅神の職業を引き継ぐつもりだった。その理由は、自分以外に死滅神の職業を渡さないため、ね。
――自分以外に、辛い役割を押し付けないためだったのね?
自分が何よりも死滅神について知っているからこそ、フェイさんはこの職業を他の人に押し付けたくなかった。だから半永久的に生き続けるホムンクルスを使って、自分以外が死滅神の職業を手にしなくていいように実験を重ねた。
その歪んだ優しさと自己犠牲の精神は、なるほど。同じくどこか歪んでいるメイドさんが、敬愛する理由も分かる気がする。
「だけど。私は弱い自分を呪ったことはあるけれど、“死滅神”であることを後悔したことなんて一度も無い!」
私には、人を殺すことしか出来ない。だけどそれは死滅神だからじゃなくて、私が弱いから。何度も言うけれど、私は自分の職業に誇りを持っている。
「なのに勝手に哀れんで……。本っ当に余計なお世話!」
「いいえ。スカーレット様のお世話をするのが
「はいはい、そういうの、今はいいから。で? 結局、リアさんは……フリステリアは私を可哀そうだと思ったから、無理をしてついて来てくれたの?」
今の会話で分かったのはフェイさんについてだ。リアさんについてじゃない。私は改めて“リアさんが”ついて来てくれた理由を尋ねる――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます