○このままだと、まずいわ!
翌日。浮遊島は雲の中を通ることも多い。そのせいか分からないけれど、曇りの天気は少なくて、雨か晴れの両極端な天気しか見たことがない。しかも今日みたいに雨の日は漏れなく風も強くて……。
「まさに嵐ね……」
吹き荒れる風に揺れる木々を、木の
こういう日のために作っておいた塩漬け肉を朝食として頂いた後。昨日、東の端にある丸印に向かうために必要な準備を整理した私は早速、準備を進めることにした。
「まず必要なのはカバンね」
両手で持って運べる荷物は限られている。しかも私たちは行動する時、はぐれないように必ず手をつなぐ。そうなると、片手に持てる荷物しか運べない。長距離を歩く予定だから、たくさんの荷物を運ぶためのもの――カバンが必要だった。
だけど、皮のカバンを作るなんてこと、私たちには出来ない。だから私が考えたのは……。
「じゃじゃん! どう、リアさん!」
私が見せびらかすのは、いつも身体を拭くために使っているシーツの端を括って肩からかけただけの、カバンとも呼べない袋だ。だけど、たくさんの物を運ぶという目的が達成できればいい。
実際、当日持ち運ぶ予定になっている2人分のコップ、食料を入れる木箱、緋色のナイフは余裕を持って入れることが出来る。この分なら向こう……東の端にある丸印で何かを見つけた時、小物程度なら持って帰れるかもしれない。……まぁ、ボロボロだから入れ過ぎ注意だけど。
「はい。さすがスカーレット様です」
「ふふん、そうでしょう? リアさんの方も、調子が良さそうね?」
「はい。こんな感じで大丈夫ですか?」
リアさんが差し出してきたのは、木札に紐を通しだけのいわゆる「拍子木」ね。当日はこれを腰につけて、歩くたびに音が鳴るようにする予定だ。
ここ1週間、少しずつ調べてみたのだけど森に肉食動物の気配は無かった。でも、別に草食動物が人を襲ってこないとも限らない。特に出会いがしらに驚かせてしまったりしたら、突進してくることも多い。だから、この拍子木で周囲の動物に私たちの存在を知らせることが出来るはず。
――イズリさんのアール畑で見たアレから発想を得たけれど、どうかしら……?
イズリさんと言えば、私が目覚めたての頃。ポルタの町で私を雇ってくれた短身族の女性ね。私を死滅神と知っていて、しかも今以上に世間知らずでちんちくりんだった私を、快く迎え入れてくれた懐の広い人よ。そんなイズリさんの畑で見かけた害獣避けが、いま作っている拍子木の発想のきっかけになっている。私がこれまで見てきたもの、得てきた経験全てを使って、リアさんと一緒に地上に帰ってみせるわ。
木の穴は先が尖った石を木に打ち付けることで。紐はリアさんの寝間着に装飾品としてつけられていた物を流用することで作ってもらった。リアさんの寝間着を作ったメイドさんには、後で謝っておきましょう。
リアさんから拍子木を受け取って、打ち鳴らしてみる。すると、コンコンと少し湿った音が返って来た。
「うん、良い感じね。あとはこれを暖炉のそばに置いて乾燥させましょう。目指すのはカンカンって音だと思う」
「はい、分かりました。次は
暖炉のそばで乾かしている薪と同じところに拍子木も置いたリアさんはそのまま、もう1つ分の拍子木作りを始めた。
「さて、私も次の準備に移りましょうか」
緋色のナイフを使って作る、お弁当箱。リアさんと動物たちが見つけてくれた果物があるのだけど、それを暖炉の熱を使って乾燥させてお菓子にする。元は流し台だった金属製の桶に水を張って温めることも忘れてはいけないわね。お湯は、何をするにも必要になってくる。
「「……」」
この日は、私とリアさん。2人とも無言のまま、集中して自分の作業を行なっていた。
迎えた夜。この時間になると嵐は収まっていて、森には静けさが戻っていた。
朝と同じ塩漬け肉を夕食として頂いた後、お湯とシーツを使って身体を拭く。石鹸も香油も無いから、本当に垢をこそぎ取るだけだ。背中はお互いに拭き合うことで、どうにか清潔を保っている。
でも、お風呂も
――さすがに、ごまかせないわね。
髪に張りが無くなって来て、べったりし始めた。それに、自分でも少し分かるくらいには、体臭がきつくなっている。そこで問題になって来るのが、リアさんの甘ったるい体臭だ。
「リアさん、後ろを向いて?」
「はい」
筋肉のない、華奢な背中を布で拭いていくのだけど、この作業が本当にしんどい。具体的には、ぼうっとして、理性が吹き飛びそうになる。恐らくだけれど、今、リアさんに押し倒されるようなことがあれば絶対に抵抗できない。
「ふぅ……ふぅ……」
口で呼吸をしながら、出来るだけリアさんが放つ“甘さ”を感じないように努める。それでもふとした瞬間にリアさんの匂いを嗅ぐと、なんというのかしら。身体の奥が痺れて、ジンジンする。事ここに至って後悔するのは、ブラを燃やしてしまったことだ。
「んっ……ふぅ……っ」
「……? スカーレット様?」
腕を動かすたびに胸の先端が服に擦れて、何とも言えない気分になる。加えて、嵐だったから今日はずっと
――……ダメっ! このまま黙っていたら、なんだかいけない気がする!
自分の理性を保つために、私は会話で気を逸らすことにする。話題は……そうね。ずっと気になっていたことを聞いてみようかしら。
「ねぇ、リアさん。どうして私について来てくれたの?」
そう。私が転移させられそうになったあの時。リアさんには逃げたり、傍観したりする選択肢もあった。だけど実際は、私の制止を振り切ってまで転移に巻き込まれた。そして今、こうしてギリギリの生活を送ることになっている。
これまで、姉妹だからなんとなくという理由でリアさんと一緒に行動してきた。だけどもともと寡黙な子ということもあって、リアさんについて私が知っている事は存外少ないように思う。
2人きりになった今だからこそ、リアさんのことを知ろうと思った。
「
「そう。フェイさんの記憶を持っているあなたが、メイドさんに執着する理由は分かるわ。だって、フェイさんにとって……リアさんにとってメイドさんは、娘なんだもの」
実際、リアさんはメイドさんに初めて会った時、問答無用で唇を重ねた。接吻がリアさんなりの愛情表現なのだと分かる今、見覚えと親愛のあるメイドさんに接吻したことは理解できる。
「だけど、あなたが私に……スカーレットに執着する理由が無いように思うのは、私だけ?」
自意識過剰では無く事実として。夜、リアさんは私を求めて来る機会がメイドさんと同じくらい多い。メイドさんが相手をしてくれないと知ってからは、特にその回数は増えていた。最近は、メイドさんの教育とフェイさんの記憶を取り戻したからか、回数は減ったけれど……。
フェイさんが私を造ったのだとしても、リアさんには、メイドさんとシンジさんについての微かな記憶、そしてファウラルでの思い出しか記憶がないはず。
「もしかして、私を造った時の記憶があるとか?」
「……いいえ」
背中を拭きながらした私の問いかけに、リアさんは前を向いたまま首を振る。
「じゃあどうして。危険とわかっていても、私について来てくれたの? 教えて欲しいわ?」
背中を拭き終えて、お湯につけたシーツをリアさんに渡す。だけど、リアさんがそれを受けることは無い。服をはだけさせた状態のまま、
「
うわごとのように呟いて、考え込んでいる。口下手な子だってことは知っているし、ここはじっと我慢ね。ひとまず風邪を引かないように服と下着を着つけてあげるのだけど、その間もリアさんが反応を返してくることは無い。
どれくらい時間が経ったかしら。私が暖炉の火の世話をしようと立ち上がった時。
「分かり、ません」
リアさんがぽつりとこぼしたその声は、木が爆ぜる音で危うくかき消されそうなくらいに小さかった。
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