○優先順位をつけないと

 浮遊島に来て1週間が経った。相変わらず地上に帰る方法を探しながら、私は浮遊島の植生について少しずつ理解を深めている。というのも、個人的に設けている1か月という期日を過ぎた時、リアさんにはここで生活してもらわなければならない。

 その時に、どこに何があって、どんな植物・動物が居るのかを少しでも教えてあげることが出来れば、きっとリアさんの生活の役に立つ。その一環で、一昨日からはナイフの扱いについても教えてあげている。メイドさんに比べればまだまだだけれど、どう持ってどう振るえば効率よく切れるのか。知っている限りのことを教えるようにしていた。


 朝ごはんを食べた後。私は日記の地図に書かれていた2つ目の印を目指して森を歩いていた。


「1週間大丈夫だったから、大樹の周辺は基本的に安全……よね?」


 既知の場所にリアさんを残す危険性と、未知の場所に連れて行く危険性。私は後者の方が危ないと判断した。だから、リアさんには木のうろでソラウサギの肉を塩漬けにする作業をしてもらっている。珍しく「ついて行きます」と反論されたけれど「邪魔になるから」と突き放して洞を出て来た。

 正直、正解は分からない。リアさんは動物を介して索敵だってできる。一緒について来てもらって、もし敵性生物を見つけたなら速やかに逃げる、というのもありだったのかも。


「でも、リアさんの索敵は受動的なのよね……」


 動物と話す、という手段を取る以上、どうしても受け身な索敵になってしまう。野生動物は基本的に臆病だから、敵性生物を見つけたらリアさんに教えるより先に逃げてしまうことも考えられる。もし発見が遅れて、ばったり出くわすなんてことになったら、私じゃリアさんを守り切れないかもしれない。……で、でも。私の知らないところでリアさんが襲われるようなことがあれば、それこそ絶対に守れない。


「本当に大樹に残してきて正解だったのかしら。不安になって来たわ」


 やっぱり、1人は苦手だ。あることないこと考えてしまって、ついつい気分が落ち込んでしまう。こうやって独り言を言っているのも、ふとした瞬間にやって来る寂しさをごまかすためだもの。


「今からでも引き返す? 今ならまだ、引き返しても良い距離よ?」


 声に出して自問自答しながら、私は一度足を止める。今、私が目指しているのは、地図にあった浮遊島の中心部にある印の場所だ。浮遊島に来た日に近くまでは軽く見て回っているはずなのだけど、何か見落としがあったのかもしれない。


「だけど、昨日リアさんと行った南の印には何も無かったのよね……」


 昨日は大樹に近い印の場所をリアさんと一緒に探してみたけれど、目ぼしいものは何も無かった。


「印の上に書かれていた『3』って言う数字は何だったのかしら……」


 地図に書かれた丸印のいくつかには、1~4の数字が書かれている。優先順位かと思ったけれど、塩の石柱があった場所には数字が書かれていない。所詮は赤の他人が書いた日記だ。数字や印の意味は、きっと当人にしか分からない。


「でも待って、スカーレット


 私には死滅神としての役割がある以上、のんびりと時間をかけて調べている暇はない。だったら地図の丸印を適当に調べるのではなくて、調べるべき場所の優先順位をつけるべきなんじゃない? そして、優先順位をつけるためにも、日記をきちんとあらためるべきじゃないかしら。


「そう……そうよ! 絶対にその方が良い! ……というわけで、ひとまず大樹に戻りましょう」


 リアさんも心配だし、このままやみくもに探し続けるのも効率が悪い気がする。別に寂しくなったからではないけれど、私は暖炉とリアさんが待つ温かな大樹のうろへと帰ることにした。




 木の根っこに囲まれた場所で、リアさんが肉の塩漬け作業をしている。その姿を、私は木の洞の入り口に腰掛けて見下ろしていた。

 この前は読書に集中するあまり、リアさんから目を離してしまった。何かをするときはお互いに声をかけると言う決まりを作ったとはいえ、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。


「リアさーん! 何かあれば、叫んで教えてねー?」


 私の声にリアさんが頷いたことをきちんと確認して、私は改めて日記を開く。

 私が日記と呼んでいるように、赤い装丁の手記には持ち主の浮遊島での生活の様子が書かれている。毎日というよりは、時折書いていたという感じね。持ち主は気分屋だったのかも。

 個人的に気になったのは、まず、この浮遊島を日記の持ち主が『遊び場』と表現している事ね。恐らく、今も洞の中に置いてある〈転移〉の魔石を使って遊びにきていたんじゃないかしら。もちろん、この日記の持ち主は地上に帰る方法を持っていたのでしょう。じゃないと、遊び場だなんて気安い表現は出来ない。


「他に注目するべきは……これね」


 日記の持ち主が「彼」に出会ったこと。「彼」と出会ってから、日記は頻繁に書かれるようになっていた印象だった。


「つまり昔は、この浮遊島に少なくとも2人の人が住んでいたということよね」


 そのうちの1人の住居があの小屋だとするなら、もう1人の住居があるはず。


「けれど、この島にはやっぱり人は居ない。つまり、やっぱり何らかの方法で地上に帰る方法が島にはある。だったら、その住居にこそ地上に行く手段があると見るべきかしら。となると……」


 私は日記の最初のページにある地図を改めて見てみる。まるで上空から見たかのように島の全体が描かれた地図には1つだけ、何度も丸で囲まれた場所がある。それは私たちが拠点にしている大樹の対岸――島の東の端だ。


「うん? うーん……?」


 しかもよく見てみれば、東の端の印には丸でも数字でもない、何か小さな模様が書かれている。これは、人族の心臓を簡易的に表した模様『ハート』かしら。「好き」「恋愛」を表現する時にも使われることも多いわ。


「まぁ、だから何って話なのだけど」


 ともかく、大樹から一番遠いこの場所は最後に調べようと思っていた。だけど日記の持ち主の気持ちを汲み取るのなら、この東の端に“何か”があると考えても良いんじゃないかしら。


「島の大きさと私たちの足の速さから考えて、朝出発して昼に探索。夕方に帰還しないと間に合わない」


 時間だけじゃなくて、経路も考えないと。視界も足場も悪い森の中を真っ直ぐ進むのか。見晴らしが良くて足場も良い代わりに風が強い島の周辺部を迂回するのか。経路を決めても、道中にどんな危険があるのかも知っておかなくてはならない。


「となると、事前の下調べが必要ね。じゃあ下調べのためには……」


 準備のための準備。これまでとは違って、適当に探索していたのでは思いつかないたくさんのやるべきことが見えてくる。一見すると作業が増えたように見える。けれど、実はそれって、いつかやらなければならないことの内、特に大切な物を絞っただけなのね。むしろ、余分な作業を減らしたと考えることも出来るんじゃないかしら。


「簡易暖炉は、さすがに持っていけないわね。だから『体力』的に制限がある。保存食、あるいはお弁当も必要。動物たちに対処するためには……」


 その日、私は気付けば日が暮れるまで考え込んでいた。お菓子も休憩も無しに、何時間も考える。それは、私が目覚めてから初めての経験だった。

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