○新しい仲間は調味料

 浮遊島に来てから、4回目の朝を迎えた。多分だけれど、5月の14日目だと思う。

 先日見つけた日記。あれも緋色のナイフと同じくらい、今の私たちにとって重要な物だった。まずは、そうね。日記の見開きには、この島の地図が書かれていた。それが本当なら、この島は東西にやや長い形をした外周40㎞くらいの島らしい。牢獄島フィッカスの3分の2に当たる大きさね。

 夕日を見られた通り、小屋があったのが西の端っこ。そして、私たちが寝床にしている大樹が小屋から東に2㎞くらいの場所にある。地図には、まだ私たちが行ったことのない島の北部や中部、東部にいくつか丸印と数字が描いてあって“何か”があることは分かった。だから今日は、


「それじゃあ、行きましょうか」

「はい、スカーレット様」


 緋色のナイフを手にしたリアさんと一緒に、大樹から一番近い北の丸印の場所に行くことにする。場所は北東に約1㎞の内陸部だった。

 ここ数日、私たちの生活が劇的に良くなったということは無い。だけど、例えば流し台を流用した桶に水を張って食べ物を茹でたり、洗い物をしたり、お湯で髪をゆすいだり身体を拭いたりすることが出来るようになった。身体を拭く布は小屋のベッドにあったシーツを使っているわ。いたんでいるからちょっとしたことで破けそうなのが怖いけれど。


「リアさん。もし危ない動物が近づいて来ていたら、教えてね」


 私のお願いに、隣で手をつないでいるリアさんが頷く。動物と意思疎通ができるらしいリアさんの力は、探索・採集・索敵と用途が広い。遭難と言って良い今の状況で“食”にありつけているのは、間違いなくリアさんのおかげだった。

 不思議なもので、住む場所と食べる物が揃うと「もっと良い物を」なんてわがままな考えが出てしまう。食べるもの、住む場所があるだけでありがたいのに、もっとおいしく出来ないか、もっと快適な生活が出来ないか。そんなことを考えてしまう。


「やっぱり私は傲慢ごうまんなのね……」


 でも、「食べる物を探さないと」「眠る場所を探さないと」なんかの“しないと”が「もっとおいしいものを食べたい」「ふかふかの布団で寝たい」なんて言う“したい”に変わったこと。私個人は良いことだと思う。だって何かをしたいって思えることは、本当になんとなくだけど、前を向けている気がするから。

 まだ帰還の手がかりはないけれど、少しずつでも前に進んでいるのだと私は思いたい。


「頑張りましょう、リアさん!」

「……? はい。フリステリアが役に立って見せます」


 こぶしを握った私に、リアさんは小首をかしげながらも頷いてくれた。




 時折お喋りを挟みながら、2人で森を行くこと10分。少しずつ木がまばらに生えるようになって、代わり大きな岩がよく目に入るようになる。さらに10分くらい行けば地面は柔らかな芝生から硬い地面に変わって、目的地らしい場所にたどり着いたそこは、れっきとした岩場だった。


「ふぅ……。リアさん、大丈夫?」

「はぁ、はぁ、はぁ……。だい、大丈夫です」


 標高の高い所にある浮遊島だ。ちょっとした運動だけですぐに息が上がってしまう。特にリアさんは、まだまだ体力作りが出来ていない。


「ひとまず休憩にしましょう。コップは持ってるわね?」

「は、はい……」


 緋色のナイフを使って、私が無理矢理彫って作った不細工なコップをリアさんが示す。そこに【ウィル】で水を入れてあげてリアさんを休憩させている間、私はしるしが示しているだろう場所――すり鉢状の窪みを見下ろす。

 一見すると、ただの窪地にしか見えない。


「何もないわね……」


 恐らく浮遊島――この島がまだ“大地”だった頃は何かの鉱石の採掘跡だったんじゃないかしら。自然には出来ない、きれいな断面を持つ岩が窪地を形成している。特筆すべきものと言えば、少し赤っぽくて半透明のきれいな石柱があることくらい? 多分、宝石か何かでしょう。

 普段なら、お金に変わるから大喜びなのだけど、今は宝石よりも食べ物とか地上に帰る手がかりなんかが欲しい。


「売ることも使うことも出来ないなんて。まさに『使わない装備』ね。もったいない」


 となると、大樹に近いところで残す丸印は3つ。島の中央と南部に2つ。島の大きさからして中央は、最初に島に来た時に調べたはずだけれど、何も無かったように思う。となると、残すは2か所なのだけど。


「この感じだと望み薄で――」

「スカーレット様」


 考え込んでいた私を呼ぶリアさんの声がした。リアさんから話しかけてくることはあまり多くない。さっと警戒態勢に移行して、用件を聞く。


「どうしたの? 肉食の動物が出たとか?」

「いいえ。あの岩、食べられるようです」

「岩を、食べる?」


 リアさんが指さすのは、宝石だと思っていた半透明の赤い石柱だ。


「アレが食べられるってどういうこと?」

「……? あちらの動物さんが、『美味しい』と言っています」


 言われてみれば、石柱の1つの足元に小さな動物がいる。ホホバリーの一種でしょうね。あ、もう1匹いる。友達がかつがいかしら。2匹は石柱を小さな口で一生懸命舐めているように見えた。

 もしあの赤っぽい石柱が食べ物だとするなら、なるほど。地図の印にも意味づけが出来る。


「……ゴクリ」


 あとは、私が勇気をもって確かめるだけ……よね。


「転ぶと危ないし、リアさんはここで待っていて?」


 ひとまずリアさんには休憩を続けてもらって、私は窪地を下りていく。そして、地面から突き出すように乱立している石柱の1つに歩み寄った。近くで見ると、存外大きいわね。3mくらいはありそう。地面に埋まるようにして生えているから、全体はもっと大きいんじゃないかしら。


「えぇっと。表面は動物が舐めているかもしれないから……」


 周囲を見渡した私は手ごろな石を持って、石柱を砕いてみる。ほんの少しだけ削れたところを、さらにもう1回。そうして飛んだ石柱の破片を手に取って……思い切って、舐めてみる。


「ぺろっ……――っ?!」


 なにこれ、しょっぱい!


「これ、もしかして塩なの?!」


 これが本当に塩なのかは分からないけれど、間違いなく調味料にはなりそう。もしこの石柱が潮だとするなら、採掘跡だと言う私の予想もあながち間違いでは無かったということになる。


「やった! これで料理の幅が出る!」


 石柱の破片を持ち帰って、石で削って使うことになりそう。塩は食料保存にも使える便利な調味料だ。雨なんかで外に出られない時の保存食だって作れるかもしれない。


「でかしたわ、リアさん、小屋の人!」


 私は〈ステータス〉と大き目の石を使いながら石柱を砕いて、手ごろな大きさの破片を持ち帰ることにした。それにしても、どうして塩が岩になったのかしら。浮遊島の性質? それとも自然の摂理なのかしら。後者の場合、この島が浮遊島になる前に出来たものと考えるのが妥当かしら。

 浮遊島は〈飛行〉もしくは〈浮遊〉のスキルを持った大きな魔石が出来た結果、浮き上がった大地のことを指す。つまり、どの島も最初ははるか下に見えるフォルテンシアの大地の一部だったということ。


「浮遊島だから塩が石になったのか。それとも地上でも同じようになるのか。興味深いわね……」


 自分の中にある好奇心がうずくのを自覚しながら、私は石柱を砕き続けた。こうして緋色のナイフに続いてまた1つ、私たちの生活に「塩」という心強い調味料みかたが加わった。

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