○side:S・S ウーラにて①

 その日。わたし、千本木せんぼんぎさくらは、昨日に続いて、メイドさんと一緒にマユズミヒロト君の情報を集めようとしていた。

 昨日の時点で分かってるのは、マユズミ君が町の東側、農村区域の一軒家に住んでる事。同居している人の数が3人で、全員が女の子であること。


「教育係のおじさんの話だと、ウーラに来て半年くらい、でしたよね?」

「はい。生誕神様を訪ねて以来、定住していると。ハザリム様はおっしゃっていましたね」


 ハザリムさんは“農民”として生み出された人を教育する、初老のおじさんだった。でも今は畑を維持することしかやることが無かったらしくて、わたし達が話を聞きに行ったら「話し相手じゃ!」って言って、めっちゃ喜んでた。


「あはは。ハザリムさん見てたら、なんか田舎のおじいちゃん思い出しちゃった。里帰りするたび、めっちゃ喜んでくれるんです。あと、お小遣いもくれて」

「ふふ。良きおじい様だったのですね?」

「はい! 逆にわたしは、お小遣いをよくせびっていたので、悪い孫だったかもしれません」


 馬車は使わずに〈ステータス〉だけを使って町を走る。地球に居た頃じゃ考えられない身体の軽さ。強化された脚力のおかげで、時速40㎞くらい……ちっちゃいバイクと同じくらいの速さで走れるし、全力で跳んだら私でも10mくらいはジャンプできる。まぁちゃんと着地しないと、結構ダメージ貰うんだけど。あと、靴もすぐにダメになる。だから日常生活だと、あんまり使いたくない。


 ――……って、日常、かぁ。


 日常。そう聞いて真っ先に思い浮かぶのがひぃちゃん達の異世界生活な辺り、わたしにとってこの1年がどれくらい大きいかが分かる気がする。


 ――もう、1年経っちゃうんだ。


 霧深い森……フェイリエントの森でひぃちゃんと会ってから、もうすぐ1年。みんなと世界中を旅して、いろんな人と会って、いろんな景色を見た。あの内容の濃さでまだ1年なのかって思うけど、感慨深い。……でも、もしかしたら、わたしはひぃちゃんと会って1周年を迎えられないかもしれない。

 だって、わたしをチキュウに帰そうって、ひぃちゃん達が頑張ってくれてるから。異食いの穴とかいう迷宮の奥に、地球に繋がる扉があるのかもしれないらしい。昨日はその扉を守っているらしい『リズポン』って名前のおっきい犬の話だってした。少しずつ、少しずつ。ひぃちゃん達との別れが近づいている。


 ――わたしは、どうなんだろう……?


 それは、最近、よく考えている事。わたしは地球に帰りたいんだろうか。ううん、帰っていいんだろうか。親友……雨色あましきしずくを殺した私が、から出てしまって、良いのだろうか。それに、大好きだった雫が居ない地球に帰る意味って、あるのかな。ずっと一緒に居るっていう、ひぃちゃんとの約束を破ってまで、わたしは本当に地球に帰りたいの? 帰って良いの?

 そんなことをずっと、ずっと、考えている。


「……ま。……さま?」


 最近、いくつかの本を読んで。他にも、わたしなりにいろんな情報を集めて、このフォルテンシアっていう世界について、とある推測……というか、可能性に思い当っていた。それは、わたしの記憶……ここに来る直前の記憶がないことにも、関係している。


「……様。……ラ様!」


 もし、わたしの推測が正しいとするなら。多分、この世界には“召喚の儀”なんていう儀式は存在しない。多分、私たち召喚者っていう異分子が存在する理由を、無理矢理にこじつけただけなんだと思う。だから、正確にはわたし達は、誰かに意図的に召喚されたんじゃない。多分、この人々の理想郷のような世界に来てしまっただけの、ただの一般人なんじゃないかな。

 だとすると、ごく一部の人しか“召喚の儀”の詳細について知らないことにも、わたし的には納得がいく。だって、それはきっと、この世界の秘密につながることになるから。


「多分、フォルテンシアって――」

「サクラ様!」


 いつの間にか私の前に立っていたメイドさんが、走っていた私を真正面から受け止めた。わたしからすれば羨ましいくらいご立派な胸に抱き止められる。


「ぷはっ。びっくりした! メイドさん? えっと、何か?」

「『何か?』ではありません! 緊急事態です! ユリュが翡翠石を使って敵襲を知らせてきました。恐らくあの外来者たちで……くっ!」

「メイドさん?!」


 言葉の途中で、急に苦しみだしたメイドさん。次に顔を上げた時、メイドさんのきれいなエメラルドグリーンの瞳は、鮮やかに輝いていた。


 ――お仕事モード! ってことは、ひぃちゃんが大ケガした!


「そちらですね……。今すぐ参ります、お嬢様!」

「待って、メイドさん! わたしも行く!」

「ならあなたは宿の方を見て来てください。リア、ユリュ、駄鳥ポトトの安否の確認を」


 言うだけ言って、メイドさんは一瞬にして私の視界から消える。宿がある方向を見てみれば、遠ざかる黄緑色のメイド服が見えた。


「わたしも、こうしてる場合じゃない!」


 本当はマユズミ君とその仲間や居住地の情報が正しいのか。それから、主に同郷のわたしがマユズミ君の考えを探る予定だったけど、そんなことを言ってられない状況になった。


「待ってて、リアさん、ユリュちゃん、ポトトちゃん……ひぃちゃん!」


 わたしは大切な人たちを思い浮かべながら、地面を強く蹴った。

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