○お風呂がすごく身に沁みたわ
ルゥちゃんさんに見守られながら、ハルハルさんのトーラス騎乗講習を受ける。まずはトーラスの仕組みと法律を学ぶ座学が3時間。その後、リアさんお手製のサンドイッチをお昼ご飯として食べて、そこから実技訓練を3時間受けた。
様子を見に来たメイドさんを交えたお茶会の後に仕上げの知識・実技試験を1時間受けて……。
「全員、合格!」
「「やった!」」
無事に全員、トーラス騎乗免許証を貰うことになった。教官になってくれたハルハルさんから渡されたのは、冒険者カードにも似た薄い金属の板だ。そこには「騎乗免許証」の文字とハルハルさんの名前が刻まれている。トーラスに乗る時は、これを必ず携帯するように言われた。
もし私やサクラさん、リアさんがトーラス関係で不祥事を起こすことがあれば、免許を出したハルハルさんの名誉と信頼が傷つくことになる。騎乗免許証には、見た目以上の重みが感じられた。
「それじゃあ、ワタシは論文発表の準備をしないといけないから、失礼します」
「ええ。時間を作ってくれてありがとう、ハルハルさん」
赤いとんがり帽子を被ったハルハルさんに、私は改めてお礼を言う。親子喧嘩をしながら消えて行ったハルハルさんとルゥちゃんさんの姿が見えなくなったところで、ファウラルの神童による1日限りのトーラス免許講習は終了したのだった。
公園を出て宿方面に向かう乗合馬車を探す間、私たち4人で話す。
「明日、わたしは絶対に自分用のトーラス買いに行く!」
拳を握りしめるのはサクラさんだ。講習中も今も。サクラさんの機嫌はすこぶる良い。好きなことは上達しやすい、スキルが成長しやすいと言われているけれど、今日のサクラさんはまさにそれね。座学だって集中して取り組んでいたし、実技の方でも諦めずに何度でも挑戦していた。サクラさんが少し高い位置から落ちたときはひやりとしたけれど、持ち前の身のこなしで見事着地。怖がることも無く、すぐにまた、騎乗訓練に戻っていた。
「トーラスは変換効率や装飾など、上から下まで値段があります。お気に入りの物が見つかると良いですね」
メイドさんが、微笑ましくサクラさんを見る。メイドさんは午後のお茶会の時に合流してから、ルゥちゃんさんと一緒に私たちの免許講習を見ていたのだった。
「メイドさんはルゥちゃんさんと何を話していたの?」
「主に裁縫関連のことでしょうか。先日お見かけしたお嬢様が召されていた見事な服の仕立て方、などですね」
負けず嫌いなところがあるメイドさん。私が誘拐された日に着て帰った服を見て、感銘を受けたみたい。その作り手がルゥちゃんさんだと分かって、裁縫について勉強していたらしかった。
「メイドさんはトーラスの免許、良かったの? 結構、便利そうだけれど」
「
そう言って笑ったメイドさんを見て思い出すのは、彼女が持つ〈瞬歩〉のスキル。そして、ディフェールルとエルラの町で見せた疾走だ。私を抱えてもなお、魔動車と同じくらいの速度で走れるんだもの。自分の身一つで移動した方が楽よね。
「自分で移動した方が早い人が多いから、フォルテンシアって交通手段とかって発展してないんですよね、メイドさん?」
「恐らくは。人は不便を感じた時に行動を起こすものです。ステータスが当たり前のフォルテンシアにおいては、身一つでの移動に不便を感じることは少なかったのでしょう」
ステータスが無いチキュウでは、遠くへ移動するために『飛行機』や『電車』『新幹線』などがすごく発展していると聞いた。人々の日常には魔石ではなく『がそりん』などの液体燃料で走る車が寄り添っている……だったかしら?
逆に、フォルテンシアでは荷物を運んだり、大勢で移動したりする時以外は、移動に不便を感じることは無い。だから移動のための技術が発展していないのだろうと、メイドさんは語った。実際、飛空艇もトーラスも魔動車も。移動するために使う費用……燃費はびっくりするくらいに悪い。生活必需品というよりは、嗜好品として扱われることの方が多かった。
「っと、あの馬車にしましょう」
メイドさんが見つけた乗合馬車に乗って、宿を目指す。今日は勉強に騎乗訓練と、頭も体も使った。早く帰って休みたいのだけど……。
「痛っ、痛いっ」
「ふっ……んっ……」
馬車が揺れるたび、私とリアさんが苦悶の声を漏らす。馬車には振動を吸収する機構があるとはいえ、それなりに揺れる。普段なら気にならないのだけど、今日はトーラスに長時間乗り続けたせいで、私もリアさんもとある場所が痛かった。
「サクラさんは、その、痛くないの?」
「ん? 何が?」
ぱちぱちと、茶色くて丸い瞳を瞬かせるサクラさん。……なるほど、これが縦乗りと横乗りの違いね。
縦乗りは、トーラスの平坦になっている騎乗部に
一方、騎乗部に横に座るのを横乗りというわ。空中での姿勢維持が難しくて、操縦もし辛いけれど、柔らかいお尻で座るように乗るから股を痛めることがないという利点があった。縦乗りよりも高度な姿勢維持と操縦技術が必要な横乗りは、教官にきちんとその技量を認められて初めて、して良いことになっている。これを「限定解除」と呼んで、きちんと免許証にも記されることになっていた。
「私も限定解除をすればよかったわ……ひんっ」
お察しかも知れないけれど、基本に忠実な私とリアさんは断続的とは言え3時間の間、縦乗りをしていた。おかげで全体重をずっと支えていた場所……股が、すごく痛い。対するサクラさんは最初以外ずっと横乗りの練習をしていて、股を痛めた様子がない。しかも、最後の最後まで集中して訓練に取り組んだサクラさんは、限定解除をもぎ取っていた。
これからトーラスに乗るたびに痛い思いをすることになるのか。げんなりする私を見て、サクラさんが言いたいことを察してくれる。
「あ~、ね。ひぃちゃん、お股が痛いんだ? わたしは自転車の2人乗りとかでそうなるの、知ってたからな~」
ひりひりする股に追い打ちをかけてくる馬車の揺れ。行きと同じだとすると、宿までは10分くらいかかる。……もう、我慢できない。
「め、メイドさん。悪いけれど、あなたがお尻と背中に敷いているクッションを私とリアさんにくれないかしら?」
「あら、どうされたのですか、お嬢様? 下腹部を押さえて」
痛みを堪える私を見て言ったメイドさんの顔は、ほくそ笑むという言葉がピッタリな顔だ。……くっ、このメイド。分かっていて聞いているわね。
「い、言わせないで。早くクッションを……んっ」
「そう言われましても……。
「お願い」
正面に座るメイドさんのワンピースの裾を掴んで、懇願する。そんな無様な私を、メイドさんは冷ややかな目で見下ろすばかりだ。
「死滅神ともあろうお方が、そんな
その瞬間、小石でも踏んだらしい馬車が大きく跳ねた。
「
「すみませんね、お嬢さん方」
御者さんお謝罪なんて、今の私には何の気休めにもならない。痛みで思わず目端に雫が浮かんでしまう。もう、これ以上は無理……っ。
「良いですか、お嬢様。
「お願いっ!」
なおも小言を言おうとしてきたメイドさんの言葉を遮って、なりふり構わずお願いする。
「お願いだから、メイドさん。……もう、これ以上、意地悪しないで?」
自分でも涙が出ていることを自覚しながら、それでもメイドさんの服を掴んで懇願する。私の本気度が伝わったのでしょう。
「……申し訳ありません、少し意地悪が過ぎました。こちらをお使いください」
メイドさんが自分のお尻と背中に置いていたクッションを、私とリアさんに手渡す。今思えば、こうなる事態を想定して、人目がない所で〈収納〉から出していたのね。ほんと、私の行動の予測にかけてはメイドさんの右に出る者はいないんじゃないかしら。……だったら、最初から渡してくれたらいいのに。身をもって学ばせる教育方針、どうにかならないのかしら?
すぐにクッションを受け取った私はお尻の下に敷いて、座り直す。相変わらず馬車は揺れるけれど、これなら大丈夫そう。……緩衝材って、大事ね。
ほっと一息ついたところで、とってもいい笑顔で私を見ているメイドさんと目が合った。そうよ、私。きちんと言うべきことを言わないと。
「……クッション、ありがと」
「殊勝なお嬢様も素敵です♪ 宿に戻り次第、患部を優しく丁寧にさすって差し上げますね?」
「いえそれは結構よ」
メイドさんのセクハラは、ジトリとした目であしらっておいた。
ついでに。私と同じく痛みから解放されたリアさんは、ほんの少し安堵した顔で馬車に揺られている。最後の1人、サクラさんはというと。
「涙目上目遣いひぃちゃん、ごちそうさまでした」
まだ少し涙目の私に対して、失礼にも両手を合わせて頭を下げていた。人が苦しんでいるのにごちそうさまだなんて。良いわ、宿に帰ったら覚悟しておきなさい。今日こそ私がくすぐり合いを制して、年上としての威厳を――。
「――きゅう……」
「ふぅ。ほんと、
「お嬢様、サクラ様。馬鹿をやっていないで夕飯にしますよ」
「ククル様。こちら、お夜食です」
『ルルゥッ!』
ご飯の時間なら仕方ないわ。今日
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